安全地帯/遊作


ガラガラの電車で、わざわざぴたりと隣合って座っている。隣に座るだけでは足りない気がして手のひらを合わせ、指を絡める。
霧雨のようにしっとりと湿った手のひらで、お互いの温度が行き来している。

「もうすぐ、デンシティだね」

次の駅のアナウンスに隠れるように呟いた。遊作は、きゅ、と繋がっている手に力を入れてから返事をくれた。

「ああ」

朝早くから駅で待ち合わせて、少し遠くまで遊びに行った。ずっと手を繋いでいたものだから、これから私たちはお互いの家に帰るのだと思うと、寂しさもひとしおだった。あたたかい、心地よい、安らかな、この手のひらは、もう一時間も繋いでいられない。

「また行こうね」

帰りたくない、小さな子供のような言葉を飲み込んで、明日の幸せを祈った。

「…………」

周囲に誰もいないのを良いことに、遊作は私の頬に触れて、うっすらと残る口紅の上にキスをした。胸に抱える名残惜しさに身を任せたら、キスは深くなる一方だろう。私たちは必死に理性でもってそれを押さえ込み、可愛らしい、触れるだけのキスを何度かした。

「遊作……、」

名前を呼ぶと、遊作は顔を離して、唾液で濡れた唇を引き結ぶ。
つ、と、遊作の目から星が落ちる。

「帰りたくないな」

せっかく私が言わなかったのに、遊作が言ってしまったから、私も耐えていた涙がいくつか流れ出した。「そうだね、帰りたくない」明日は学校があるし、私たちはまだまだ子供だ。帰らないわけにはいかない。
この、寂しさを、幸せを伝える為の言葉を探す。押し黙る私たちのあいだには、ひたすらに、情欲のようなものだけが漂っている。
結局私も遊作も、ひとつも言葉にできないまま、最終電車は、デンシティへと辿り着いた。
また明日、また明日、笑って言うため、何度か口の中で繰り返す。

「なまえ、」

遊作が、たまらなく幸せそうな顔で笑う。

「ありがとう」

楽しかった今日のことを考えすぎるのはもうやめた。明日をもっと素敵に過ごしてもらうために、今日は、この手を離す。


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20190610:どーーしようもなく幸せな遊作書きたくなった為
 
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