LOST&LOST(8)


酷い雨が降っていても、鴻上了見はいつもと同じにやって来た。この日私は病室におらず、雨を身近で眺めるために、屋根のある場所でぼーっと空を見つめていた。

「……冷えるぞ」

言いながら、懲りずにすぐ隣に立とうとするので、少しズレて鴻上了見を見上げる。「大丈夫。寒くない」彼は、そうか、とだけ答えて、私と同じに空を見た。

「随分久しぶりに、雨を見た、ような気がして」
「……」

鴻上了見は自分が持っている大きめの黒い傘をゆっくり開いた。傘をこちらに傾けて言う。「行くか?」と。濡れるとうるさいだろうからここに居たけれど、私も、雨の下に行きたいと思っていた。ビニールを雨粒が打つ音が聞きたい。
頷いて、傘を手に取った。

「……、ちょっと、」

鴻上了見が、傘を離す様子はない。貸してくれるわけではないようだ。もしかしてこの男。暗に瞳と態度で、中に入れと言っている。

「どうした」

涼しい顔でそんな風に言っているが、冗談ではない。私は傘立てに刺さっている傘を適当に開き外に出る。細かい水の粒が、風に煽られて肌にあたる。
後ろから、鴻上了見がついてくる。
ふたつの傘に当たる雨音と、足音が二人分。ざあざあと勢いを増し、一つずつ小さな音をかき消していく。
よく行く屋上を見上げた。
今日みたいな日は、もし、あそこから飛んだとして、私の残骸の片付けが簡単かもしれない。洗い流してくれそうだ。行き着く先はどこでもいい。

「死ぬならこんな日がいいかもしれない」

声はほとんど出ていなかったはずで、激しい雨音は断続的に鳴り響いていたはずで。
だというのに、鴻上了見は、自分の傘を放り投げて、私の肩を掴んだ。無理やり向かい合わせにされたら、もう逃げられない。噛み付くみたいに唇があわさって、苦しそうに歪む水色の目が私を見ている。


「っ、お前は……!!!」

了見の顔に雨粒が滴っている。
救われないし、救えない、十年は長くて、私の心はまだここにない。了見が言いたいことは沢山あるのだろう。私がみんなと話がしたい気持ちと同じに。ウィンディにまた会いたい想いと寸分違わず。大体全部わかるからこそ、わからないふりをして少し笑った。

「君達が殺してくれてもいいよ」

かつて、サイバース世界にそうしたように。ウィンディを消そうとしたのと同じように。人間に敵対する人間なんて、いない方がいい。


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20190607:わァ
 
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