LOST&LOST(3)
弱味に付け込んでいる。後ろめたさを利用している。みょうじなまえの優しさ甘さを理解して、寂しさ孤独に入り込もうとしている。殴ってくれればいい、罵ればいい。気が済むまで暴れて、目の前の私を傷付ければいい。なまえの全てが、こちらへ向けばいいのにと希っている。
この感情は恐らく……、彼女に気付かれている。
「やあ、君も見舞いか?」
なんのわだかまりもなく声をかけられて振り返る。草薙翔一が茶色の紙袋を提げて立っていた。彼の弟もこの病院に入院しているから、こういうこともたまにある。
「はい。貴方も?」
「俺は帰るところだ。彼女、ええと、みょうじさん、だっけか? 調子はどうだ?」
病室にいるなまえは、いつも無感情にぼうっとしている。退屈そうで暇そうで、いてもいなくても変わらないような存在感の薄さで病室にいる。
ただ、起きた時よりは肉もついて、顔色も良い。
体の調子に限って言えば。
「悪くは無いはずです、食事も摂っている様で」
「そうか! それならよかったな」
に、と明るく微笑まれて、思わずこちらも力が抜ける。なまえも、こんな風によく笑っていたのだけれど。AIをしていた十年の月日が、彼女に重くのしかかっている。起きてから、笑った顔をまだ見れていない。看護師や、隣の部屋の子供には時折笑顔を見せることもあるようだが、あれを、笑っていると表現するにはあまりにも痛々しい。
「はい。……その」
「ん?」
藁にもすがる思いでつい、草薙仁は笑えていますか、などと聞いてしまいそうになった。これは聞けないし、こんな事を聞かれても困るだけだ。どうしたら笑ってもらえるか、など。この人は、彼女に会ったことすらないのだから。
「……いえ、なんでもありません」
首を振ると、草薙翔一はぽん、と手を打って言った。
「ああ、そうだ。今から行くならこれ、貰ってくれないか」
差し出されたのは彼が手に持っていた紙袋。受け取って中を確認すると、無造作に花が何本か入っていた。「これは」
「病室って殺風景だろ? あんな所に一日中居たんじゃ気が滅入るかと思って買ってきたんだが……、花瓶に入りきらなくてな……。よければ貰ってくれ」
花。
なまえは、花とか空とか、海とか空とか自然のものが好きだったはずだ。ずっと昔に花畑で遊んだこともある。これを見たら、少しくらいは表情が柔らかくなるかもしれない。
「ありがとうございます」
「喜んでくれるといいな」
「はい」
外聞も立場も何もかも捨てて私に縋れるくらいに、何もかも忘れてしまえばいいのに。
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20190531:たぶん了見をきにかける余裕がないだけ