虚心坦懐(5)/デニス


デニス・マックフィールドと初めて話をしたのはランサーズを発足した時だけれど、彼を見かけたのはもう少し前の話になる。
あの視察の日、本当は一つだけ種類が異なる視線に気付いていたし、あの時私は彼のデュエルも見ている。

「Show must go on!」

高らかに、それはもう高らかに彼はエクシーズ召喚を決めて、生徒達、否、観客を湧かせていた。
いいデュエルだ。
それに、なんだか。榊遊勝に似ている気がする。
彼がどんな人間なのか、深いところまではわからない。しかし今は純粋にデュエルを楽しんで、楽しませている。その姿はただのエンタメデュエリストだ。

「……」

私は自然と笑顔になって、そうして改めて、ああいいデュエリストだな、なんて思った。
必要があれば接触して牽制することも考えたけれど、どうやらその必要はなさそうだ。
そのまま、私たちの前に立ちはだかることなく、そこでそうして、舞台でただただ観客を湧かせていればいいのに。
そのまま彼は勝利して、観客に手を振っていた。
デュエル場をくるくると回っている。
階層が違うし、人は他にもいっぱいいる。近づくこともないし、まして気付かれることもないだろう。
時折考えるのは、敵とか味方とかじゃなくて、ただ純粋に今を楽しめたらいいのにということだ。
なぜ、わかってしまうんだろう。
いや、別にいいけど、でも、ああ、彼のことを本当にいいデュエリストだと思うのに、彼は何か大きな隠し事をしているとわかるし、ほかの人とはなんだか違う。
ただ。
やっぱり。
悲観していてもしかたない、零児と一緒に戦うと決めたのだから。
今は私も彼に、デニス・マックフィールドに倣って、楽しむことにしよう。
お楽しみはこれからだ。なんてね。
帰ったら遊矢と柚子に会いに行こう、遊勝塾に差し入れでも持って。
ふ、と、笑う。
未だ鳴り止まない拍手に、ようやく私の音も加えて。

ぱちり。

上を見た彼と、目が合った。
ぴたり、と、どうしてか、時が止まったかのような感覚。
彼も動きを止めて、こちらを見ているということがわかった。なんだろう?
舞台の人間と目が合って、棒立ちはおかしいだろうか。
軽く手を振ると、彼も慌ててこちらに手を振り返す。
慌てる必要が果たしてどこにあったのか。
心做しか顔も赤いし、挙動も不振だ。
なんなら上を見すぎて尻餅をついていた。

「……?」

まあ、いいか。
彼がそうしている間に踵を返して、帰ることにする。
ここの職員の人が見ていけというから見ていたが、うん、なかなか素敵なものを見られた。敵になると考えるのは、今はやめておこう。
彼はエンターテイナーとして、エンタメデュエルをしただけだ。
ならば私も、観客として、ただ楽しむのが正解だろう。
ふと、幼なじみのことを思い出す。
帰るとき連絡しろとか言ってたな。
赤馬零児にコールすると、程なくコール音が切れる。

「もしもし、零児?」
「……」
「え、なに、なんで無言」
「いや、何かいいことでもあったのか?」
「そんなに声弾んでた?」
「いつも通りだが。それとも何か問題でも起きたか?」
「んん?」
「何もなければいつもメールで済ませているだろう」
「あー、いやね、少し楽しかったから。あの女の子と話ができたのも、あのデュエルを見ていられたのも」
「そうか。帰ったら零羅にも話してやってくれ」
「そうする。あ、なんか買って帰ろうか? お土産」
「……」
「零児、リアクションが全部同じだよ」
「……気分が良さそうで何よりだ」
「ははは、相変わらず零児は私が機嫌良いと調子悪そうだね」
「そうでもないさ、ところで、余力があるならもう一つ頼まれてくれ」
「ええ? 零羅と明日一緒にお菓子作る約束してるんだけど……」
「それまでに終えて帰ってきたら問題ないだろう。それとも、自信が無いか?」
「まだ仕事の内容も聞いてないのに自信も何も無いよ、まったく。で、零児はそれ、私に出来ると思うの?」
「当然だ」
「じゃあ、引き受けよう」
「断ったことなどないだろう?」
「そんなこともないよ。私はただの幼なじみだからね、零児が優秀で、私にできない事は寄越さないからそう見えるだけじゃない?」
「ふっ」
「それで?」
「ああ、」

気分がいい。
零児の言う通り、きっと当然、なんとでもなるんだろう。そんなふうに考えることが出来る。
本当に、いーい、気分だ。
零児がなにか話しているが、どうにも今日は頭に入って来づらいような。

「聞いているか?」
「聞いてる聞いてる、なんだっけ、頭痛薬でしょ?」
「…………二時間後にまた連絡する」
「え?」

やっぱり、私が機嫌がいいと、零児は機嫌が良くない気がする。
ちゃんと聞いてたんだけどなあ。
それにしたって気分がいい、こんなに気分がいいのはいつ以来だろう。
ふわふわする。
ごめんね零児。
ほんとはあまり聞こえてなかった。


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20160802:気分がいいと周りの声が聞こえなくなる。ことには気づかない。
 
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