戦う君へ/草薙翔一


あまりにもひどい一日であった。
寝起きから母に小言を言われ、外に出ると何がなにやらわからないが、すれ違った集団に指をさされて笑われた。いざ電車に乗ると隣の男がやたらとこちらに寄ってくるし、早く電車を降りようと早足で歩きだしたら転びそうになった。
ここまででももう麻雀で言えば満貫という感じだが、更に仕事場に着くと不機嫌な上司に気持ちがいい挨拶についてこんこんと説かれ、席に戻ると隣の奴から仕事を押し付けられる。残業確定か、とため息をついていると、たまたま後ろを通った先輩に空気が悪くなるからため息をつくななどという八つ当たりを食らった。
跳満まであるな、などと昼食を食べていると、他部署の、名前も知らない男に告白された。遠くで見ているヤツらがいるから、これきっと罰ゲームだな、などと思って「お疲れ様です」と労うと、何様なのかとキレられた。あとから聞いたが、キレたら手が付けられないと有名な社員だったらしい。そんなやつは辞めさせろ。
ぽかんとしていると、グーで殴られた。意識を失って病院に運ばれ、数え役満である。
幸い大したことは無いと帰されたが、大したことないなら仕事をしに来いとの連絡を受けて、会社について考えるのをやめた。
ふらふらと街を歩いていると、行きつけのホットドッグ屋さんを見つけた。ヤケホットドックと洒落込むかなあなどと店を覗くと、いつもの気の良いお兄さんがいる。

「いらっしゃ……、その怪我、大丈夫ですか……?」

ぱ、と顔を上げると、心配そうな目に覗き込まれている。ん? ああ、そう言えば怪我をしてるんだった。

「見た目より痛くはないんですよ」
「……えっ、と、俺で良かったら話を」
「あはは、大丈夫。人様に話せるような話でもありません。ホットドッグとコーヒーお願いします」

優しさが傷に沁みるが、泣いては余計に心配をかけるしと笑い飛ばす。まあなんというか逆に、だが、こんなもの笑うしかない。
カフェナギのお兄さんはホットドッグとコーヒーをトレイに乗せて渡してくれた。ええと、お金を、と差し出すと「いいです、サービスしますから」と突き返されてしまった。いや、サービスはもうされている、私がフラフラしている時にせっせとホットドッグを焼いて気持ちのいい接客をしていることがもうサービスなのだから、それにお金を出さないわけにはいかない。「いやでも、」「いいんです、いつも来てくれてるから」人間というのは、こんなに爽やかに笑えるものなんだなあ。
私は手を引っ込めて厚意に甘えることにした。「ありがとうございます」直角に頭を下げた。

「いただきます」
「はい、ゆっくりしてって下さい」

次の日、朝起きると、弊社のサーバが攻撃されたとか情報が漏洩したとかでしばらく営業停止になった。
私はその時どうしてか、あの、ホットドッグ屋のお兄さんの顔が浮かんだ。


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20190328:草薙さんだってヒーローだろって話
 
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