虚心坦懐(4)/デニス


はじめて話をしたのは、ランサーズになってからだったけれど。
彼女をはじめてみたのは、もっともっと前の話。
留学生としてこちらへ来る前の話。
なんだか小さい女の子がいるなと思っていたら、なんでも彼女は、赤馬零児の右腕としてその名を轟かせ、とんでもなく優秀であるんだとか。
まあ仮に優秀でなくても、デュエルの腕が立とうがそうでなかろうが。
近づけばメリットがありそうであるという事実は揺るがない。うん。近づけばメリットがありそうだった。
実際彼女は思っていたよりずっととんでもなくて、優秀なんてもんじゃあなく、デュエルの腕前も相当のもの。
それなのに、自分は子供であるから、なんて謙遜して、自ら目立とうとはしないのだ。
脇役であることを、いや、脇役ですらない。
舞台に立つことすらせず、裏で仕事をしているのが楽しくて仕方が無いみたいだった。
まあ。そんな彼女の思いとは裏腹に、彼女のことを好き勝手いう人は多くいたし、実際有名すぎるほど有名な少女であった。

(それにしても、全然、近付けない)

向こうから話しかけてくれればいいけど。そんな事は起こらないだろう。
まあ、無理なら無理に近づくこともない。
変に行動を起こしてバレることの方が問題なのだから、今日のところは観察して、次に活かすことにする。
うんうん。ゆっくり確実にやっていくのも戦略だ。なかなかクールだなあ。

「……」

でもさりげなくあとをつけるのも難しそうだ。
探偵ごっこみたいでドキドキするけど、これはごっこじゃない。いずれ彼女とも狩るか狩られるかの関係になるのだから。
まあ、それはそれとしたって。
みょうじなまえと言ったか、さっき僕は彼女が優秀かわからないと言ったけれど、これはほとんど確信で、彼女はとんでもなく優秀である。
こちらの学校の関係者の中には、彼女のような子供に仕切られるのをよく思っていない職員もいたようで、来てすぐこそ、なんだか対応が心なしか冷たく、雰囲気も悪かった。
それが今はどうだ。
すっかり全員打ち解けて、仲良くなってしまっている。なるほど、よく働くし、器量も良いと。赤馬零児の右腕の称号は伊達ではないという訳だ。
これはますます、出方には注意しなくてはいけない。
今はまだ、物珍しくて彼女を遠巻きに見つめているが、いざ話をするとなった時、アカデミアだということを悟られてはいけないし、と言うことはデュエルでコミュニケーションを取ろうにもあまり強すぎてもいけない……?
どうしたものか。
ふと時間を見ると、学友とデュエルの約束をした時間が迫っていた。
そろそろ行かなければ。
踵を返して、彼女から遠ざかる。もう少し見ていたかったし、もう少し近くへ行きたかったけれど仕方が無い。全ては、またの機会に実行しよう。
ゆっくりと階段を上る、騒々しい生徒グループと階段の中腹のあたりですれ違った。
それから階段を数歩登ったところで。

「えっ?」

それはあまりに短い悲鳴だった。
ぱ、と僕が振り返った頃には、僕の後ろあたりを登ってきていた女子生徒はバランスを崩して、階段から。
ーそれはあまりにも一瞬で、声を上げることすら許されなかった。
落ちる。

ードッ、

その音は、思ったよりも痛々しくはない。
それも、そのはず。

「大丈夫だった? なんだか体調悪そうだけど……」

女子生徒は地面にぶつかる事はなく、みょうじなまえの腕の中に抱えられていた。
忍者みたいだなあ、じゃなくて。

「あ、れ、その、」

女の子は混乱していて、騒々しいグループも呆然としていた。
しかし、みょうじなまえの冷静な態度と、一瞥によりはっとして、そのグループは彼女達の方へ駆け寄る。
どうやら、鞄が背中に当たって、バランスを崩してしまったらしい。
悪気はなかったらしく必死で謝っている。階段から落ちた少女はまだ状況が飲み込めないらしく言葉という言葉を発することができていない。
しかも、みょうじなまえに抱えられている彼女はどうやら体調が悪いらしく、顔からはすっかり血の気が引いてしまっている。
僕もそっと階段を降りる。
近づくことには成功した。

「このまま保健室行こうか」
「え、でも、貴方は……」
「ん、さっき案内してもらったから場所はわかるよ」
「え、そ、そうじゃなく、て……」
「仕事のことなら、まあここだけの話少し疲れてきたところだったし、休憩ってことでね。ダメかな」

ぱち、と片目を閉じて彼女は笑った。
ここで、僕が替わると言ったなら、それはそれは自然な流れで会話ができたのだろうけれど。
僕はどうしてか、なにもいう事は出来なかった。
彼女の背中を見送って、もう一度階段を上がる。
じわじわと、何だか体の真ん中あたりから熱が湧き上がる。
なんだこれ。
僕は約束のデュエルを楽しみにしていたんだっけ? こんなに胸が熱くなるほどに?
なんで、口元が緩んでしまいそうなんだろう。
なんで、目元が勝手に笑おうとするんだろう。
あれ?
もしかして、僕も保健室へ行くべきだろうか。
そんなことを考えて、本当に行ったら彼女がいる、と思うと、余計に胸が熱くなった。

(なにこれ……?)

おかしいな。
こんなに胸が熱くて、どきどきして。
気を抜くと、彼女の笑顔が浮かんできてしまう。
いや、笑顔だけじゃなくて、あの女の子を助けた時の真剣な。
あの射抜くような目に、僕も。
……はっ!? いやいやそうじゃないだろう。そうじゃない。これはあれだ。
そう、彼女が! えーっと、だから!! そうそう! あれ! あれだよ! エンタメ! あんまりにもかっこいいから、同じエンターテイナーとして、負けてられないなって気持ちだ。
うん。そう。
そうに違いない。
だってすごい人を見るとドキドキするだろ? で、自分も負けられないって思う。
つまりそういうことだ。
それだけのこと。
何度も何度も彼女がリフレインするのも、また見たいと思うのも、全部全部、彼女がすごい人で、その技を自分のモノにしなきゃって思うからだ。
それだけのこと。
たったそれだけ。

(そんなわけない、少し経ったら、落ち着くはずだ……)

少し経ったら。
落ち着くはずだから。
いつもの僕に、きっと戻れる。


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20160801:デニスがかわいい
 
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