I前進には違いない


知っていた。わかってはいた。それ以外に理由がない。嘘をついたり、自分の時間を捻じ曲げてまで隣に来る、その理由について。好かれているのだと、きっとそうだろう、と。
何故、と考えたがわからなくて、どうして、と振り返ったがわからなかった。今このタイミングで言われるとは思わなかったが、私の考えは正しかったのだと安心した。
恨まれている、とかじゃなくて、よかった。とは、言える。が。しかし、だ。
穂村尊は真っ赤な顔をして、しかし言ってしまったから仕方がない、とこちらの言葉を待っている。「好きだ、付き合ってくれ」に対して、なんの補足も打ち消しもない。その潔さは結構だが、私はと言えばもう何分もコーヒーをかき混ぜている。
どう、言うか。
考えて考えて、先延ばしにして有耶無耶にしてしまえばいい、と誰かが囁く声を聴きながら、今すぐ言わなければならない言葉を探し続ける。
穂村尊と付き合おうという気持ちはない、付き合うことは出来るかもしれないが、私は彼が苦手だ。私が隣に立つ姿もいまいち想像出来ない。
私はようやく、口を開く。開いたが。角が立たずに遺恨を残さずに、自然に離れていって貰うには。考えていると、言葉が出てこない。

「……ご、めん」

やっと声になったのは、そんな捻りのない謝罪だった。受け入れないことを選ぶ。だから、ごめん。

「そんな風に想ってもらえたことに、何も思わないわけじゃないけど、ごめんね」
「……好きなやつがいるとか?」

答えに迷う、居る、ことにしておいた方がいいか? その方が、彼の傷は浅くて済むだろうか。曖昧に肯定しようと身を乗り出すと、「待った」と手で言葉を遮られる。「やっぱ今の質問はなし」

「俺も知ってる。みょうじさんが、困ってるのは」
「そう、なの」
「でも、嫌われてはない、とも思ってる」
「そう、だね。嫌ってはいない」
「よかった。それで充分だ」

穂村くんが立ち上がるのを見て、ほっとする。これで、ひとまず、おわり、に。

「それで、この後はどうする?」
「ん……?」
「どっか行きたいとこがあれば付き合うぜ」
「んん……? いや、なんで、」

一瞬、しおらしくされて忘れたが、そうだった、こういう人間は総じて開き直ってからが強い。私は差し出される手と穂村くんの顔を交互に見ながら少し震える。「ちょっと、待って、なんで?」処理能力が追いつかなくなってきて、つい、浮かんだ言葉がそのまま口から落ちていく。
穂村尊は嫌に嬉しそうに笑っていた。

「そうそう、そうやって思ったことを喋ってる方が俺みたいなのと付き合うのには楽だぜ」
「もう、おしまいでは?」
「確かにな。やっちまったなって、ちょっとは思ったけど。なんか、逆に吹っ切れていい感じだ」

吹っ切れていい感じ……? この男減速とか選択とか引き際という言葉を知らないのか。私は呆れ返って溜息をつく。

「そういうところ最高に苦手だ……」
「はは!」
「なにもう……」
「やっとみょうじさんと話をしてるって感じだからさ」
「……」

私も席を立つ。もう疲れた。今日は帰る。

「送ってく」
「間に合ってます」
「ふ」

笑っていやがる……。私は、やってられないと肩を落とした。なんか、より、面倒なことになったのでは?「みょうじさん、」よばれて顔をあげると、まるで告白が上手くいったみたいな笑顔でこちらを見下ろしている。

「好きだ」

さっき聞いたよ、とため息混じりに返しておいた。


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20190320:終わり!
 
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