H直球だけしか示せない


「おはよう」

その日はじめて、みょうじから挨拶をされた。
11時ちょうどにみょうじは俺の目の前に現れて、気安く片手を上げてそれだけ言った。
デートの返事をされてないことに気付いたのはあれから随分あとだった。でも、連絡する手段がないし、もしかしたら来るかもと期待しすぎないように待っていたら。

「お、おはよう! 来てくれて、よかった……」
「……映画、だっけ。なにか見たいやつあるの?」
「みょうじさんは?」
「……」

みょうじさんがすっと一度俺と目を合わせる。決めてないのか、と言われた気がした。「なら、まあ適当に」と、彼女が選んだのは一番上映開始時間が早い、ホラー、映画……。

「えっ、これ、ほんとにこれ?」
「? ダメ? ホラー映画」
「い、いや、だ、だめってことは無い、」
「嫌なら無理にとは」
「だ、大丈夫! 大丈夫だから、これ観よう」

ふうん、とみょうじさんはそれ以上何かを言ってくることは無かった。彼女は平気なのだろうかと何度も何度も盗み見るが、レモネードをかき混ぜる姿は普段よりご機嫌で、上映中はただ真剣に映画を鑑賞していた。



ダメだった。やめとけば良かった。妙な意地を張ったことをまた反省する。よく見られたい一心だったが、映画館を出てすぐのファミレスで青い顔をして無言でいた。こんなはずではなかった。もっとこう、いろんな話をする予定だった。

「そんなに……? なんかごめんね」
「い、いや、みょうじさんのせいじゃ、ないよ……」

彼女は気を利かせてドリンクバーで適当な飲み物を貰ってきてくれた。凍った背筋にあたたかい飲み物が染み渡る。少し落ち着いてきた。
ふう、と息を吐くと、正面から小さな音がした。溜息や普通の呼吸とは違う、ふ、と力が抜けるようなそんな音。
導かれるように顔を上げる。

「ううん。苦手なんだろうとは思ったけど、まさかそんなに怖がるとは」

だからやっぱり、ごめんね、そう謝る彼女はいつもよりふわふわしていて、少し、ほんの少しだけ笑っている。ホラー映画なんて存在理由がわからなかったが、今日は存在に感謝しておいた。今なら、ちゃんと話ができるかもしれない。ぱか、と口を開く。なんでもいいから、何か、言葉。

「好きだ」

な、何言ってんだ。

「俺と付き合ってくれ」

みょうじはぽかん、とこちらを見つめていた。コーヒーとミルクを混ぜていた手が止まって、ただ、しばらく見つめ合っていた。


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20190316:次で最後
 
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