D満員電車が君に与える三つの事/穂村尊


どうするか、と考えた時に、気にしても仕方が無い、と開き直っていつものみょうじの姿を探す日常に戻った。進展というかその余地すらなく、必死に声をかけてはいるが、段々面倒くさそうにされるのにも慣れてきた。学んだのは、苦手なものでも毎日見ていればある程度平気になる、という事だ。
始めた頃は、うわ、という声が聞こえたり聞こえなかったりするくらい嫌がられていたが、「うわ……、おはよう」から、眉間にシワを寄せるだけの「……おはよう」になり、最近だとすっかり穂村尊という存在に慣れてきたようで「ああ、おはよう」と、無表情で挨拶を返されるようになった。

「どうだ。進展してるだろ」
「もしかして、君はバカなのか……? 」
「何言ってんだ。うっかり笑ってくれる日も近いかもしんないだろうが」
「その前向きさは天晴れではあるが。そんなことより、確認しなければならないことがあったはずだが?」
「うっ」

駅への道を歩きながら項垂れる。うっかりすると、スペクターと仲良く歩いていったあの背中を思い出す。いやいや、確認するも何も。ただの友達だ。そうに決まっている。相手はハノイの騎士だし。とは、思うものの、そうでなかったら、という声がどこかから聞こえてくる。し、時々不霊夢も言う。いや、そうでないとなると、ついに恋人とかそんなものになってしまうのでは。

「あ、」

すっかり慣れた、人の多い改札を抜けて駅のホームへ。何人か同じ制服の人間がいるが、その中に、追いかけ続けている女子生徒の姿を発見した。あとから続く通行人に道を譲ってから、何度か深呼吸を繰り返す。
そして。

「みょうじさん」

と、声をかける。彼女はビクリと震えてからこちらを見た。驚いた顔からみるみる表情が消えていく。

「ああ、こんにちは」

丁度電車が来たので乗り込むが、何か話しが出来るような雰囲気ではない。何故かすごく混んでいて、自分の居場所を作るだけでも一苦労だ。しかし、彼女は安全地帯を心得ているようでするすると人の波を進んでいく。「ちょ、ちょっとま、」無理に押し通ろうとすると、誰かの肘が頭に当たった。なんなんだ。

「穂村くん、」

名前を呼ばれるのすらレアなものだからどきりとする。彼女は俺の腕を掴んで自分の方へ無理なく引き寄せた。なるほどこの辺りは少し隙間が空いていて、なんとか立っていることが出来そうだった。

「ありがとう」
「どういたしまして」

ここなら、スペクターとはどういう関係なのか聞いてもいいだろうか。俺はちらちら周囲の様子を伺いながら口を開く。

「あの、カフェで会った日のことだけど、」
「ん……、カフェ……?」
「あの時の人って、うわ」

電車が大きく揺れてあろう事か彼女の方へバランスを崩した。彼女に逃げ場はないから必然俺を支える形になるし、同時に。その、ひどく、密着している。

「ご、ごめん」
「いいよ、しかたない」

今ので心臓の位置がずれたのでは。口の近くでばくばくと音がする。みょうじを見下ろすがつむじがみえるだけで表情はわからない。
見えるのは、見えるのは頭だけなのだけれど、しかし、くらくらするようないい匂いが、している。今日の幸運は一体どこで積んだ徳の分なのか。数分間そうしていて、次の次の駅で、彼女は人の流れに流されながら電車から降りた。ちゃんと挨拶がしたくて付いていくと、なんだか少し、様子がおかしい。
尊、と、不霊夢が言った。わかっている。

「大丈夫か?」
「……大丈夫」

彼女は弱々しく俺の手から逃れて一番近くのベンチに座る。

「ほ、ホントに大丈夫なのか? 顔色も悪いし、その汗普通じゃないぞ」
「……満員電車だとたまにあるから、本当に大丈夫」
「だけど……!」

いいから、と彼女が言うのと同時に不霊夢に諌められた。俺は大人しく彼女の横に座る。見ていたいけど、見られるのは嫌なのかもしれない。息が荒くて苦しそうだから背中をさすってやりたいけど、俺に触れられるのは、どう、なのだろう。いや、そんなことを気にしていては。

「はあ……」

などと考えているうちに、彼女の呼吸はすっかり整っていた。そしてすっと立ち上がる。「心配かけてごめん、ありがとう」顔色はまだ良くない。しかし歩いていってしまうから、俺は咄嗟に声をかける。

「あ、みょうじさん」
「……」

振り返ってくれた。

「あの待ち合わせの人との関係は?」
「……は?」

は……? 何言ってんだ俺は……。
みょうじなまえもこれには言葉を失って、そのままさっさと歩いていってしまった。
そりゃあ、そうなるだろ……。


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20190308:「尊ちゃん、今度はどったの? スペクターについて聞けた?」「聞いたが、タイミングが最悪でな」「あー、大事だよな、タイミングって」「まっっっったくその通りだ」「うるせえよお前ら」「やわらかいとかいい匂いとか触りたいとかそんな煩悩ばかりだからそういうことになる」「いや、それは人間だし」「体調が悪いことにも気が付けなかったこともか?」「全面的に俺が悪かった」「ふむ。よろしい。明日も頑張って来るといい」「諦めるとは、一言も言ってねー……」
 
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