明るすぎる日/穂村尊


今日は手袋は必要なさそうだ。マフラーもいらないだろう。でも日が落ちたら冷えるだろうから、コートは暖かいものを着ていこう。
私は相変わらずに憂鬱な通学路で無遠慮に挨拶をしてきて当然のように隣を歩こうとする穂村尊の影に怯えながら空を見上げた。吐く息が白くならなくなったのはいつからだったか。

「みょうじさん!」

私は肩を震わせて立ち止まる。しまった。この時間はダメか。「みょうじさーん!」それにしても声が大きい。以前、ヘッドフォンを付けて聞こえない振りでつかつかと歩いていたら追いつくまで何度でも呼ばれるし、何日か続けていたら隣の見知らぬ人に肩を叩かれて「君のことじゃないか」と言われた。以来ヘッドフォンは装着していないのだが、それにしたって近所迷惑な……。
私は仕方なしに振り返る。デンシティの高い空を背にして、穂村尊は手を振っていた。私も控えめに手を上げる。

「おはよう、みょうじさん」
「……おはよう」

学校まではまだまだある。私は周囲の子ども達の中に葵ちゃんの姿を探すが見当たらない。しばらくは並んで歩くしかなさそうだ。

「き、今日はあったかいね、そのコート暑くない?」
「うん。ちょっと」
「えーっと、あ、春用に替えないのかい?」
「まだ替えないよ」
「ふうん、」

そうかあ、と穂村尊は頬をかいた。無理に話をしてくれる必要は一切ない。私がちらりと彼を見上げると、彼も私を見下ろしていて、目が合ったから驚いていた。
彼の向こうに、春の到来を感じさせる空が広がる。どこからか、波の音が聞こえた気がした。なるほど、と私は思う。

「穂村くんは、こういう、青空が似合うね」
「へっ、」

今日の空は清々しいけれど、その曇りのなさが眩しすぎて取っ付き難い。私はこんな日は外に出ないで本を読むのが好きだけれど、彼はこんな日だからこそ外に出なくてはと言うのだろう。どこまでも合わないことは明白なのに。

「あ、あの、それってどういう、」
「あっ、ごめん。先に行くね」

私はようやく、葵ちゃんの後ろ姿を見つけて走り出した。助けてくれ。青空だって近付かれたら恐怖の対象だ。


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20190301:「なあ不霊夢。あれ、どういう意味だったんだ?」「私にわかるわけないだろう。だが、そうだな……。空を嫌いな人間はいないと考えると、遠回しに褒められたのかもしれないな」「マジか!?」「単純すぎて面白味がないと言った可能性もある」「マジか……」「どういう意味だったにせよ、相変わらず彼女に君と仲良くする気はなさそうだ」「もうやめてくれ……」
 
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