虚心坦懐(2)/デニス


「零児、ちょっとあの件……」
「ああ、それなら……」

彼女は、赤馬零児の幼なじみであるらしい。

「なまえ!」
「零羅、どうしたの?」

当然のようにあの兄弟とは仲が良くて、なんてことないように名前を呼び合う。
気づいた時には遅かった。
気づいた時には、これは敵を観察するなんて上等な行為ではなくなって。
挙句目が合うとどきりとした。
敵対しているのがバレることを危惧した動悸じゃない。
ただ、体の温度が上がって、得意の笑顔をうまく作れない。
幸せ、だった。
ね、手遅れでしょう?
僕はいずれ敵対する少女に恋をした。

「……」

アカデミア。ランサーズ。なまえ。
並べてみても、響きがきらきらしていて、どうにもならなくなるのは、彼女のこと。
僕は一体いつから彼女のことが好きだったんだろう。
それはもう思い出すことは出来なくても、ただ、ランサーズとして一緒にいて、一つずつ彼女のことを知っていく。
優しくてあったかくて、少し大人びているけれど、赤馬零児の前だと少し言葉が荒くなって、彼女本来の合理主義のところが少しだけ見える。
しかし基本的には自分よりも周りを優先して、迂闊な事は言わないし、しない。
ただ、できるだけ笑顔でいて欲しい、とみんなに思っているらしかった。

「なまえ、」
「ん?」
「ううん、今日もとってもcuteだね」
「……何ていうか、もし話したいことがあるのなら、聞くけど」
「え?」
「……」

気遣うような視線。
彼女はまるですべてわかっているみたいだ。すべてわかっているのかもしれない。

「えっと、僕が、君にかい?」
「そうだね」
「あー、その…………」
「……」

いつもの歯切れの良さはどこへやら。
自分は潔くてなかなか気持ちがいい性格だと思っていたけれど、どうやらそうではなかったらしい。
好きな女の子の前ではこんな風になってしまうのか。知らなかった。
自分のことなのに。自分のことだから?
話したいことも、いろいろあるはずだった。
もし彼女が隣に来てくれたなら、あれやこれや、それとかあとそう、えーっと。
僕はどんな顔をしていただろうか。
彼女はそれでもじっと僕を見て、その目は、すべてを受け入れてくれそうで、思わず何もかも話したくなってしまう。
本当に、なにもかも。
全部。

「大丈夫?」

かけられた声に、僕は顔を上げて、どうにか笑う。
もしかしたら、笑えてなんかいなかったかも。
柔らかい声に泣きそうになる。
彼女はそこにいるだけでどうしてか人を和ませて、安心感を与えている。
頼りになる。
とてもカッコイイ。みんなのなまえ。
これ以上黙っていると、本当にすべて話してしまいそうだった。
「僕は君の敵だけど、なまえのことを、愛してしまった、どうしたらいいかな」どうしようもなくバカで間抜けだ。
でもきっとこの人は、僕を責めたりはしなくて、適当なことを言ったりもしなくて。
想像するだけでどうしようもなくなってしまう。

「……それなら、一つだけいいかい?」

泣きそうな声。ばれていませんように。
「ん?」と首を傾げる、所作の全てがどこか優しい。
僕は続ける。

「僕の、名前を呼んで欲しいんだ」

君はもしかしたら知らないかもしれないけれど、君に名前を呼ばれる人ってのは結構レアなんだよ。
あの兄弟のことを、本当はみんな羨ましいなって思ってること、君はわかっているのかなあ。
なまえは、特にその要求について言及することもなく、ただただ、そっと。

「デニス」

そう、それは、僕の名前。
僕の名前だ。

「なまえ、」
「ん?」
「もう1度」

そんなことはありえないのに、今、この瞬間だけは、僕はただのデニスでいられる、そんな気がした。そんな気がしただけ。本当はそうじゃない。そうであってはいけない。
僕はアカデミア。
アカデミアの、デニス・マックフィールド。

「デニス、」

ああ、そんなふうに笑ったりしないで。

「なまえ、」

堪えきれずに僕も名を呼ぶ。
もう。これじゃあまるで恋人同士みたいじゃないか。

「ありがとう、なまえ」

これ以上は。
僕が僕でなくなってしまう。
僕はどうにか彼女に背を向けて、でも、全然話し足りなくて、振り返ってしまう。

「ねえ、なまえ」
「うん」

もう一つ、叶えて欲しいお願いがあるんだ。
僕を。僕をさ。ねえ、僕だけでいいんだけど。

「……ごめん、やっぱりなんにもない! またね!」

君の、デニスにしてよ。
なんてね。


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20160728:先週の話からデニスの株が頭おかしいくらい上がってる。
 
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