勘違いを許される権利が欲しい/穂村尊


布団を押し上げて時間を見る。そろそろ起きなければ学校まで走ることになる。それは嫌だ。私は盛大にため息を吐いて思う。行きたくない、と。
学校が嫌いなわけではなかったのだが、残念ながら最近、苦手な人間によく声をかけられる。朝であったり昼であったり、帰りであったりするわけだけれど、そうも声をかけられると、私もだんだん気を使ってなんとも思っていないふりをするのが面倒になってくる。何度も言うが、やつの異様にキラキラした嫌な感じの圧力が苦手だ。
だから私はなるべく出会わないように、朝は毎日時間をずらして、休み時間も一人にならないように女子グループに紛れたり、誰もいない場所を探したりしている。帰りも直帰である。最近誰より教室を出るのが早い。そろそろ避けられていると気付いて構わなくなってくれることを期待しているのだが、少し油断するとすぐ背後から声をかけられる。
今日の朝はそんなことはなかった。ああ、よかった、と、ふと後ろを見ると、財前葵の姿を見つけた。そうそう、いい事もあったのだ。一人になろうなろうとうろうろしていたら、彼女とよく会った。よく顔を合わせるのと比例してよく喋るようになった。はっきりしていて静かだから、彼女のことは好きだ。
彼女も顔を上げたから、ぱち、と目が合う。私は片手を小さく振って。

「おはよう」

と笑った。葵ちゃんはぱたぱたと走ってきてくれて「おはよう、なまえ」と言ってくれた。学校に行きたくない理由がひとつできてしまったが、学校に行きたい理由もひとつ得た。
一瞬、穂村尊の姿を見た気がしたが、きっと気のせいだ。



俺と遊作だけになった教室で、ひょこり、と顔を出したAIたちが会話をはじめる。遊作は机に突っ伏す俺の隣にいる。タブレットを触っている音がする。

「尊ちゃん、どーしたの?」
「今朝、例の彼女に挨拶をされた」
「へー! やったじゃん! ヒューヒュー!」
「と、思ったら後ろの財前葵に挨拶をしただけだった」
「なんだ、いつも通りじゃん」
「いつもは無感情無表情で仕方なくといった挨拶をする彼女だが」
「うんうん」
「そんな彼女が、財前葵には心底嬉しそうに微笑んで挨拶をしたものだから」
「ダメージ受けてんのね……、かわいそーに……」
「うるせえよお前ら……、俺はまだ彼女の中じゃ友達にすらなれてないってことなんだぞ……」
「遊作ちゃん、草薙んとこのホットドッグでも奢ってあげたら?」
「そうだな。行こう」
「ああ、うん……。行くけど……、はあ……」

勘違いも許されない、とか。
ポツリと呟くのを遊作もAiも不霊夢も聞いていて、さんにんは顔を見合わせて俺に言った。「どんまい」他人事だと思って。

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20190211:Twitterのお題箱から『勘違いを許される権利が欲しい』でした。投函ありがとうございます!
 
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