見えない光/穂村尊


小さな声は聞こえていた。恐らくあまり突っ込んではいけないのだろう。ふと目の前を見ると、穂村尊と言う転校生の姿しかなかったからだ。こっそり周囲を見ても、彼以外の人影はない。

「まだ、残ってるの?」

少し上ずった声と、ぎこちない笑顔で声をかけられた。教室で机の前に立たれて、声をかけられない方が問題だ。とは言え、私は直ぐに視線を外して手元のノートやタブレットを片付け始める。彼の漂わせる、なんと表現したらいいかわからない、光、のようなもの、あるいは、その名前に冠された炎のようなものが目に沁みる。

「もう帰るよ」
「な、なら! 僕も一緒に帰っていいかな」
「……いや、まだ図書館に用事あるかも」
「図書館くらい付き合うよ」

少しの間沈黙する。机に広げていたものはもうカバンにしまってしまったし、この状況から逃げ出す方法が見つからない。日本人の悪い所、かもしれない。図書館にも付き合って欲しくはないし、帰りだってひとりでいいのである。

「……でも、本、見だすと長いし」
「大丈夫」
「かなり待たす、と思う」
「いいよ、僕も本好きだから」

あ。と私は思う。ぱ、と顔を上げる。顔を上げた瞬間は目が合わなかったが、その内、穂村尊は相変わらず笑いづらそうに微笑んだ。私は溜息を飲み込んで立ち上がる。もう、一人で教室に残っているのはやめよう、と心に決めた。
図書館での用事は手早く済ませてしまった。彼は待っている、と言ったくせに好きな本は、だとか、どういうのを読むのか、だとか、聞いてくる。当たり障りのないことだけを答えて適当に手に取ったAIの本を借りた。
並んで帰る通学路は、いつもより長い。あの角までは、こんなに距離があっただろうか。

「みょうじさんは、教室に残って何をやってたんだい」
「宿題。家より捗るから」
「へえ……、毎日?」
「まあ、休み時間に片付かなければ、毎日かな」
「それ、明日から僕も混ざっても構わない?」

明日からは残らないことになっている。大いに構う。嫌だ、と喉のあたりまで出てきていた言葉を飲み込んで話題をすり替える。今この瞬間だって、彼は何かに慣れてきたのか嫌にチカチカしていて、目が痛い。

「……どうして?」
「え」
「……穂村くんは、どうして、私みたいなのと一緒に宿題がやりたいの」

彼はどうしてか、胸のあたりを押さえて噛み締めるように拳を握っていた。見かけによらずしっかりした手をしている。見かけと中身は、きっと違うのだろう。
私がぼんやり考えていると、その内咳払いをしてこちらを見た。ああ、その笑顔は素、という風だ。だからどう、ということは無いが。

「二人の方が、きっと楽しい」

臆面もなくそんなことを言って、雰囲気とその不可視の輝きによって無理やりそれを正しいことにしてしまう、私はやっぱり、彼が苦手だ。


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20190207:「どうだった? 不霊夢」「どうもこうも、彼女はやっぱり君が苦手なんじゃないか?」「えっ、なんで」「常に溜息を堪えていたように見えたからな」「だからなんで!?」「それは知らん。が、ただ一つ言えるのは、君のあの陳腐な嘘、バレていたぞ」「はああ!!?」
 
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