15万打リクエスト(15)


なまえは今日、時計を忘れたようだった。時間を確認するように左腕をあげたかと思ったら、なにもないことに気付いて「あっ」という顔をした。最も、俺は今日初めて見た時から上品な黒い時計が腕にないことには気付いていたが。なまえは今気が付いたようだった。
あの時計はなまえのお気に入りで、いつも付けているけれど、時々ウェアラブルウォッチに変わっている日もある。かわいらしいデザインの時計も何度か見た。時計が好きなのかもしれない。
時計を贈ってみようかと、なまえがつけているのと同じ時計について調べていると、俺やなまえの月給よりも高い時計だと言う事がわかってしまって、これは軽率にプレゼントをしない方が良いという結論に至った。一緒に選びにいく、というのが良いような気がする。

「なまえ」

そうと決まればそのように動いてみる。なまえの関心を一つでも引くことができるのならばなんでもしたい。

「うわ、黒野……」
「時計を見に行かないか」
「え、時計……?」

唐突であったことはわかっているが、下手に時間をかけると横槍が入ったりだとか、なまえにゆっくり考えられると俺は勝てないのだ。反応は悪くない。これがまったく興味のないことだと「行かない」と即答である。このチャンスを逃してはならないと一歩前に出る。

「週末に展示会があるんだ。一緒に行かないか」
「なんで私……」
「センスがいいだろう。助言が欲しい」

「うーん、展示会かあ」なまえはタブレット端末で調べているようだ。「ああ、これ?渋谷のホテルで開催予定の」「それだ」これはいけそうだとはやる気持ちを押さえながら「一緒に行ってくれ」と改めて頼む。

「あっ!」
「どうした」
「カップルで行くとホテルのビュッフェかなり割引してもらえるらしいよ!? 行こう!!」
「か、」

「え、なに?」となまえは首を傾げる。俺は息も絶え絶えになまえと会話を続けた。

「俺たちは、まだ、かっぷる、ではなかった気がするが」
「あん? そんなの男女で行ったらよっぽど大丈夫でしょうが。フリでいいでしょう」
「フリ、ということは、どういうことだ」
「大丈夫か君……」

つまり、その展示会場にいる間はカップルとして振舞って良い、と云うか、一時的にでもなまえとカップルになれるということだろうか。俺が。なまえと。俺はぎゅううと胸の辺りを押さえて呼吸を整える。これは、心の準備が必要だ。

「手繋いだり腕組んだり、そんな感じでしょカップルって」

俺は想像しただけで膝をついた。なまえは「本当になに?」と首を傾げている。
こんな調子で無事に行って帰ってくることができるのだろうか。「いや、大丈夫だ」とどうにか立ち上がるが、上機嫌な笑顔で「じゃあよろしく」と言われてトドメを刺された。
本当の恋人になれたら、俺はどうなってしまうのだろうか。


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20200704:
ありがとうございました!月見さまから『黒野夢』でした〜!

 

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