10万打おめでとう/遊作


ひり、と胸が痛むのを感じながら、数秒間だけ見つめていた。見つめるのは数秒だけで、変なやつと思われたくなくて目を逸らす。
センチメンタルに胸に手のひらを当てたくなるが、ぐっと堪えて外を見る。話しかけてみたくて、話題を考えてみたり、セリフを口の中で繰り返してみたりする。今ならば、今日はあついねとか、明日の体育が憂鬱だね、などだろうか。もし言えたなら、彼はどんな顔をするだろう。「そうだな」くらいの返事を貰える? そんな奇跡が起こらないかとため息をつく。
いやいや、奇跡。
クラスメイトに話しかけるだけで奇跡もなにも。
私は今朝買ったばかりのスティック状にまとめて収納された飴をひとつ空ける。はじめて買った飴だが、これは当たりだ。
りんごのいい匂いが広がる。
どうしたものか、いっそ何もしないと決める方がいいのでは。
体も心もエネルギーを持て余して、シャーペンを回す。無謀な時間が過ぎる。さっさと帰った方がいい。どうせ声なんか。あっ。何度か回したところで手からペンがこぼれて地面に落ちる。何を落ちることがあるんだと溜息をつく。こいつも帰れと言っている、拾ったら帰ろう。しかたなく、飛んでいった先をさが、し、て……。

「……ほら」

藤木遊作。

「あ、りがとう」

ございます、と思わず必要以上に丁寧になった。時間が稼げてよかったが、たった5文字が稼いだ一秒に満たない時間では、この好機を活かすことは。

「ああ、」

こほ、と小さな咳が聞こえて顔を上げる「すまない」と藤木くんは言った。「風邪?」会話の流れが自然過ぎて自分でも驚いた。この時、たぶん、勢いがあったのだ。
藤木くんはそう、とも違うとも取れない曖昧な返事をした。風邪だと認めたくないのかもしれない。もしそうなら、もしそうなら相当に。

「これ、あげる」

りんご果汁100%と書かれた100円ののど飴を渡した。
反応を待たずに立ち上がり、早足で家まで帰った。家に着くまでもしかしたら、呼吸をしていなかったかもしれない。制服のままベッドにダイブして、大きく息を吸い込む。
例えば、5分で忘れるような幸福であったとしても、飴でなくても、言葉でなくても、どうか、何卒。お願いです。
藤木遊作に、たくさんいいことが起こりますように。


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20190526:
リクエストありがとうございました!「遊作に片思いしてる話」でしたー。

 

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