10万打おめでとう/斬島


違和感に気付いたのは家に帰ってすぐであった。友達としていた遊びの約束だったり、突如舞い込んだ予定外の出勤であったり、押し付けられた仕事の消化、一文にもならないが任されてしまった資料の作成、そういったものが大挙して襲ってきたものだから、自己防衛のため、日付の感覚と時間の感覚とが吹き飛んでいた。
私はスマホの画面で今日の日付を確認する。前ゆっくりしたのは先月の末頃であったと思うのだが、あれから、2ヶ月も経っている。そんなに休みがなかっただろうか?
冷静になって手帳とスマホの予定とを照らし合わせてみると、全く何も予定がない日というのが、一日もないまま約六十日が経過していた。そんな馬鹿な?
この時間の経ちかたはおかしいのではと震えながらキッチンのテーブルの上を見る。見慣れない紙の束を見つけた。いくつか私宛の書き置きがあった。
こんなことをするのは斬島しかいない。

「……あー」

かさかさと紙を拾って中身を確認する。これだけわかりやすい所に置いてあるので全く見ていないということは無い。見た覚えはある。問題は、返事をした記憶が一つも無いという点であった。まずいこれは。内容は、彼の近況や美味しかったものから始まり、最終的に次に予定がない日は? 次に会える日は? というようなものばかりになっていた。
返事をしようと思いはしたが、予定を確認する前に力つきていた気がする。
私は疲れた体に鞭打って獄都へ向かった。



斬島の部屋の前で少しだけ考えたが、停止しているとそのまま寝そうだったから直ぐにドアをノックする。返事はない。居るのは佐疫に聞いて知っている。

「斬島? 開けるよ」

斬島の部屋に入ると、斬島はこちらを見もせずに「なんの用だ」と言ってきた。声が震えているから、突っぱねられているのではないとすぐにわかる。
近づいても逃げないし、触れても嫌がらないから、私は斬島の頭を撫でながら「おまたせ、ごめんね」と言った。表現出来うる全ての愛を込めたつもりだが、そのくらいでは斬島の機嫌は戻らない。

「明日休みだってね、どこか行こうよ」
「佐疫に聞いたのか」
「ん?」
「俺に会うより先に佐疫と話をしたんだな」
「いやそれはその、そこに居たし、ま、まあまあそれはともかくね、ほら、朝ご飯何か作るし。なにがいい?」
「……いい」

大抵これでなんとかなるんだけどナー、今回は手強そうだ。何かほかにできることはあっただろうか……? えーと、斬島が喜びそうなこと、喜びそうなこと……。

「実は三日くらい休みもらっててね? 休みの間私ここにいるからさ。なにかしたいこととか」
「三日……」

斬島の青い瞳が少し光を取り戻した。そう、鬼のような連勤続きだった為、ちょっと多めに休みを貰えたのである。

「旅行とかどう……?」
「旅行……!」

青い瞳はキラキラしている。良かったなんとかなりそうだ。そう私は別に、斬島が大事じゃないとか、そういう訳では無いのである。ただちょっと、忙しさが私を殺したというだけで。

「どうだろ」

私は体を斬島に預けて笑った。あー。この匂いも数ヶ月ぶりになるんだなあ。……。斬島の手のひらが背中に添えられるのを感じたから、体から精神から一気に気力が抜けた。

「なまえ……、すまない、忙しかったのはわかっていたが……」
「……」
「なまえ?」
「すー……」
「……寝たのか?」

「そうか……」

「今日はゆっくり休んでくれ」


-----------
20190429:暁美さんリクエストありがとうございました!「忙しさ故にかまってあげられなくていじけてしまった斬島くんにご機嫌取りするお話」でしたー!

 

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -