相互リンク記念/遊作


珍しく早く起きたから、星座占いをぼんやりと見た。見てしまった、とも言うかもしれない。
結果は一位で悪い気はしない。全てを信じる訳では無いにしても、なまじ一位であったから、すぐ下に書かれたラッキーアイテムの欄も見てしまう。
ラッキーカラーだか、ラッキーフードだかの欄もあったが見なかった。
と言うより、ラッキーアイテムの方があんまりにも謎だったから、カラーやら食べ物やらの方まで見られなかった。
ラッキーアイテムは、ラティス。
ラティス。
ラティス……?

「ラティスってなんだ……?」

ぼんやりとした頭でティラミスかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。
私は朝から首を傾げて、腕を組んで、テレビの画面を睨み付けていた。



なまえは、朝からどうしてか難しい顔をして歩いていた。ぼうっとしているように見えて目の前の障害物は見えているらしく、小さな水たまりをひょい、と飛び越えて、やはり難しい顔をしているのだった。

「なまえ」
「ん? ああ、遊作。おはよう」
「おはよう……。どうかしたのか?」
「いやね……、遊作はラティスってわかる?」
「……何かのメーカーか?」
「うーーん……その筋は薄いと思う。なにか、もの、だと思うんだけど」
「もの……」
「そう。わかる?」
「いや、わからない」

首を降ると、なまえはまた「うーん、そっかー」とうなり出す。そのラティスが一体どうしたのか。もう一歩話を踏み込もうと思ったが、なまえは進行方向に財前葵を見つけて走っていってしまった。
「ラティスってなに?」「え?」「ラティス」「え? どうしたの?」そんなに気になるのならネットで調べたら良いのに。俺は後でこっそり調べてやることにして、この場はなまえの背中を見送った。



あれから何人かに聞いてみたけれど、それはなんだとみんなして首をかしげていた。
私は朝からラッキーアイテムを調べるところから始めなければならない理不尽さを、かなり不当に感じているらしく、なかなかインターネットで調べる気にはならなかった。
私が世間を知らないだけか、ラッキーアイテムを決めた人が博識なのか。なぜ今日のラッキーアイテムは(私にとって)そんなに難解なのか。
私はつい、ため息を吐いた。
星座占い一位のはずが、いらない事に頭を悩ませられている。どうしたことか。

「なまえ」

珍しく遊作から話しかけられた。
私が顔を上げると、液晶の画面を見せてくれた。
ラティスとは、で検索した、その結果の画面。

『ラティス。リフォーム用語。木製の格子状に組まれたフェンスの事。ウッドデッキに取付ける事が多い。洋風建築に多く見られる。』

へえ。と私は言った。
と、同時に、無茶だ、と、思った。
星座占い一位に与えられたラッキーアイテムは、名実ともに大変重い。そして大きい。持ち運ぶには困難を極める。調達も難しい。
なんだって言うんだ。
ちっとも納得出来なかった。



なまえは、朝から気にしていたらしいラティスが何者かわかっても、少しも満足していないようだった。
これに一体なんの因縁があるのかはわからないが、なまえは頭を抱えて机に突っ伏して、数秒後に顔を上げた。
き、と真面目な顔をして言う。

「ありがと、遊作」

大したことはしていない、と首を振ったけれど、なまえは「ううん。助かった。ありがとう」と礼を重ねた。
がし、と腕が掴まれる。
真剣に真面目な顔をするなまえと、腕に加わる華奢な力にどきりとした。

「ところで、放課後、暇?」

「放課後は」暇とも、予定がある、とも答える前に、なまえは手を合わせて頭を下げていた。ここまでやったら一目見なければ気が済まない、だとか、数百円で手に入るなら買う、高かったら一撫でだけでも、時間は取らせないし、10分くらいで用事は済むから、と勢いよく俺に詰め寄った。
なまえは勝手に一人でなにか良く分からないことに夢中になって、それ自体はよくあるけれど、それに人を巻き込むのはとても珍しいことだった。
俺はなまえに押される形で頷いた。
なまえは俺が頷くと、嬉しそうに笑った。
今日はなんだか、なまえと、よく喋る日だ。



私は、どこへ向かおうとしているのか?
体はホームセンターへ向かっているが、心の行き先は不明である。
私はラティスとやらを一目見て、それでどうするつもりなのだろう。いつの間にか遊作まで巻き込んで、あれ? なんで遊作はこんなよくわからないことに何も言わずに付き合ってくれているのだろう? 暇だったんだろうか? いや、これは私の戦いなのだ、巻き込んだのは申し訳なかったのでは? 私はちらりと隣を見上げると、ばちりと、遊作と目が合ってしまう。観察されていたようだ。こんなに早く目が合うなんて。私は思わず謝ってしまった。

「ご、ごめんね?」

遊作は、きょとんと目を丸くして言う。

「なぜ?」

そう言われるとある程度この行動の無駄さを自分で指摘するしかないわけだけれど。そうはいかない。私はどうにか謝らなければならなかった理由を探す。探すといくつもあって申し訳なくなったが、これを選んだ。

「無理やり付き合わせて、ごめん、的な」
「無理やりだったか?」
「雰囲気が、無理やり、だったかもなーって」
「そうか?」
「そうでもない……?」
「いや、むしろ、俺は、少し」
「うん?」
「なんでもない。見届けさせてくれ」
「なんかよくわかんないけどありがとう」

遊作も一緒に戦ってくれるらしい。必要性がどうのと難しい話をする気は無い。し、そんなことしたらこの戦いに如何に意味がないかも話さなければならなくなる。
だからそんなことはいい。
私はどうやら、信頼に足る戦友を得た。
得がたいことだと、全身全霊で有難がった。



「朝から頭を悩ませてきやがった、ラティスとやらを一目見る」為になまえと俺は真っ直ぐ(本当に真っ直ぐ)ホームセンターへやって来た。
草薙さんには少し遅れる旨連絡して、理由はどうしようか迷ったが、特に聞かれなかったから安堵した。クラスの女子生徒と放課後ホームセンターに、なんてどう説明してもからかわれるに違いない。

「……」

なまえはじっ、と一人の店員を睨みつけるように見て、それから俺の手首を掴んだ。
ノールックで掴まれた。なまえの思い描いた距離に俺は間違いなく居た、ということだろうか。そんなことに感動している間に、なまえはぐっと顎を引いて「ラティスってあります?」と聞いていた。店員は慣れた調子で「一番向こうの壁側にいくつかありますよ」と答えた。なまえは笑顔で「ありがとうございます」などと言ったが、店員が見えなくなったところで「ラティスは、常用語……」と肩を落としていた。
そろそろ、どうして今日はそんなにラティスに執着しているのか聞いてみるべき、だろうか。

「……」

ただ、なまえが掴んでいる俺の手首に視線を落とすと声をかけるのを躊躇ってしまう。
この行動はきっと無意識なのだろうから、声をかけて、意識をこちらに向けたなら、手を離してしまうかも、そんなふうに考えると、このまま少し迷走しているなまえを観察するに留めておくかと、名前を呼ぼうと半分開いた口を閉じた。
今日のなまえは、一段と面白い。



やはり、と私は思って。
感情のままに「で?」とラティスに詰め寄った。
意味は無い。
当然返答もない。
と言うかやはり大きすぎて、買って帰るのは躊躇われる。もしかして、私はラッキーアイテムの定義を間違っているのか? 持ち歩く必要は無いのだろうか? 目に入れてほっこりしたらそれでラッキーか? そうかもしれない。
私は本日何度目ともしれないが頭を抱えずにはいられなかった。
けれど、せっかく来たのだ。
もう一人の私が私のことを嘲笑うが、気付かなかった振りをしてラティスを一撫でしてやった。お前は悪くない。良い人に買われることを祈る。

「なまえ、ここにもあるぞ」

遊作はどうしてか少し楽しそうにある機械を指さしていた。百円硬貨をいくつか入れてガチャガチャ回すあのカラクリ。なんでまたこんなところに、と内容を確認すると、その中身の玩具は、園芸グッズストラップ……。
ラインナップはいくつかあって、鉢植え、アサガオ栽培セット、青いジョウロ、スコップ、軍手、枝切り鋏、そしてラティスにシークレット。

「……」

チェーンに繋がれたラティスを数秒睨みつけた後、私は財布の口をぱちん、と開いた。



制服の裾をぐ、っと巻き上げて、なまえは二百円を投入した。
出てきたプラスチックの容器を開けて、中身を見る。

「……」

焦点があっているのかわからない、遠くを見るような目で、なまえは自分の手のひらに乗るストラップを見つめていた。
俺が背中から覗き込むと、青いジョウロが転がっていた。物事はそうそう上手くいかないようだ。
なまえは無言のまま空のカプセルを回収ボックスに放り込んで第二回目を回していた。
そこは泥沼であるような気がするが、出てきたものを見て、なまえは眉間にシワを寄せて首を傾けた。俺も同じようにして、なまえの手のひらに乗るストラップと、ガチャのパッケージを見比べる。
どう見てもラティスではない。

「…………」

考えれば考えるほど、それが、シークレットである可能性が強くなる。
なまえの手の上に転がっているのは金色に輝くジョウロだった。

「ちょっと重量もあるよ、と……?」

ちょっとだけ重さも違うらしい。なまえは立ち上がって、「それで……??」と氷のように微笑んだ。
なんだか冷気を感じて腕を軽く擦る。
俺も一度チャレンジしてみようか、と思うが、こちらを見上げたなまえがいつも通りに笑ったので安心した。

「この青い方、あげる」
「……ああ」
「え? 金色の方がいい?」
「いや、それはなまえが勝ち取ったものだ」
「んん、まあ、うん、そうね、金運とか上がりそうな色ではあるね……。筆箱にでもつけておこうかな。見る度この惨劇を思い出すけど」
「もういいのか?」
「うん、大丈夫。付き合ってくれてありがとう。今度別途お礼する」
「それは構わないが、結局、なんだったんだ?」
「え」

なまえはじっと、俺の顔を見て考え込む。
ラティスが何か知っているか、とは聞かれたが、この行動になんの意味があるのかは、説明されていない。
そのことに、気づいた顔をしていた。
なまえはまた膝を抱えてしゃがみ込んだ。



「な、なんにも、なんにも知らないのに付き合ってくれて、なんなの遊作、いいやつなの……?」

私は、どう詫びたらいいのかわからないまま、何故ラティスを追い求めていたのか説明した。
ラティスは、本日のラッキーアイテムである、と。
それだけだ。
それだけなのである。
それ以外に説明することはない。
私は黄金のジョウロを手の中でぐるぐる弄りながら「ごめん」と言わせて頂いた。

「なるほど」

と、賢い彼は、きっと私が如何に阿呆か理解した頃だろう。しかし、なんだかよくわからないことに付き合ってくれた感謝はしてもし切れない。
謝るばかりでも悪い気がして、軽く拝んで「ほんとにありがとう」と重ねて頭を下げた。

「いいことはあったか?」
「どうだろうね、あるのかないのか。でも意味のわからないクラスメイトの奇行に同行してくれた遊作には間違いなくいいことがあるよ」

と言うか、あってもらわねば困る、と言うか。
この上なにか不幸なことがあったら私は一体どうやって詫びたら良いものかわからない。
散々引きずり回してジョウロもらっただけとかキレられてもおかしくないレベルなのに。
遊作は、静かに笑った。

「……俺は」

あんまり静かに微笑むものだから、音を立てたら崩れてしまう気がした。私は思わず息を止めて、その笑顔を見上げていた。

「俺は、楽しかった」

心の底からそうなのだと、遊作の綺麗な指が自身の胸のあたりに触れる。
繊細な何かを確かめるような指先と、細められた瞳にドキリとする。

「いいことはずっと起きてた」

遊作はひたすら真っ直ぐだ。

「その占い、案外当たるんじゃないか」

私は思い出したみたいに息を吸って、そして慌てて吐く。
ここに来て、珍しいものをたくさん見た。いや? もしかして、だけれど、ずっと珍しいものが見れていた、のかもしれない。私がラッキーアイテムに夢中で気付かなかっただけで。

「え、ええー、うー、ん」

だとしたら、もったいないことをした。
無意識の迷走とは怖いものだ。
これはもう、認めてしまうのがハッピーだろう。

「確かに、そうかもしれない。これはこれで、うん。結構楽しかった」

ラッキーアイテムとはそもそもなにか? 私は本日ずっと抱えてきた議題を放り出して、一つ頭が良くなって良かったなあ、と前向きにして終わっておいた。


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20171031:9尺さん相互リンクありがとうございました! 相互! 記念! 夢です!! 最後に書いた記憶は遠い昔過ぎて明確に思い出せません。確かソウルイーターとか流行ってた頃……ナツカシイ……。
振りわまされてくれてるゆーさくが書きたくて、書きました。ありがとうございました!
なんかやたら長いですが一緒に頭抱えてもらえたらそんなにいいことはありません、何かありましたらまた書き直したりしますので教えて下さい……!
何卒、これからもよろしくお願い致します!!!!


■おまけ■

ラッキーアイテム一つでああも真剣に楽しめるなまえと、こうまでして正体を求められたラティス、それぞれに違う種類の羨ましさを感じながら、ホームセンターを出るとすぐ、なまえを振り返った。

「ホットドッグでも食べて帰らないか」
「いいねー、奢りますよ遊作くん」
「普通、逆だろ」
「まあまあ、ホットドッグ好きなの?」
「いや、知り合いに店をやってる人がいる」
「へえ! ホットドッグ屋さん!」
「ああ、ほら、あそこだ」
「お、なんだ遊作が友達連れてるなんて珍しいな! サービスしてやるよ!」
「わーい、ありがとうございます! 良い人の知り合いは良い人だなあ……」
「ははは! 遊作をよろしくな!」
「こちらこそよろしくお願いします……」
「ほら、ホットドッグ二つね! ところで遊作、お前今日のラッキーフード、ホットドッグだったぞ!」
「なんだそれ……草薙さん、そんなの確認してるのか……?」
「今日はたまたまだよ、いつも見てるってわけじゃない」
「……今日はそういうのにやけに縁があるな、なまえ」
「そうだね、私もそういう簡単なものがラッキーフードなら話はこんなにややこしくならずに済んだのに……」
「? 何言ってるんだ」
「え、なに?」
「俺のラッキーフードがホットドッグなら、お前のラッキーフードだってホットドッグだろ」
「え」

なまえはぽかんと動きを止めて、財布の端で金色に光るジョウロと、手元のホットドッグ、俺の顔とを見比べた。得意気に胸を張りきれない、少し悔しさを湛えた声で「星座占い一位が二人揃えば、こんなもんか」なんて、満足そうに笑うのだった。


 

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