20170703/無免ライダー
彼女は相変わらずに元気にヒーローをしている。文字通り元気そのもので、怪我もあまりしないようだ。
僕は相変わらず彼女が活動しているところと遭遇することが少ないのだけれど、どうにも根を詰めすぎているような気がした。
前からその手腕は華麗なものだったが、最近はもっと無駄がないし、返り血を浴びることも少なくなっている。しかも、学校の方もすこぶる順調のようで、机の端に無造作に置かれた答案用紙は九割を超える高得点のものばかりであった。
一体彼女はどこで息抜きをしたりしているのかと不安になって彼女の両親に話を聞けば「家には食べに来るか寝に来るかだけ」であるとのこと。ほとんど外でヒーロー活動をするか体を鍛えるか学校に居るかのどれかであるらしい。
もしかしてこれは、余計なお世話なのかも知れない。
そんなことを思いながらも、なまえさんに電話を入れた。
「僕の家に遊びに来ないかい?」
「……え」
そうして数秒、電話の向こうから、何かが割れる音とか何かが落ちる音とか、どたばたと何かが暴れるような音が流れ込んで来た。
「忙しいかな?」
なまえさんは「あー」とか「うー」とか困っているやら喜んでいるやらわからないが、きっと、どう答えたら失礼でないか、なんて考えているんだろう。
言葉を選びに選んで一言ずつ。
「行きたい、です」
なまえさんのことは少しずつわかってきたけれど、僕がどう距離を詰めていくのが的確かはわからない。いつも遠慮がちに繋ぐ手のひらは、相変わらずにぎこちないし、なまえさんは自分の手があんまり綺麗じゃないことを気にしたりしている。
ヒーローであることと、女性であることを割り切って考えているつもりでも、まだそこには少し迷いが見える。
ただ彼女はとてもとても努力家で、割り切っているが諦めてはいないだろう。女性としての努力も、していない訳では決して無い。その証拠に会う度にきらきらと綺麗になっていくのである。ネットでも、そういう声をよく見かける。
実際にその通りだ。
やってきた彼女は大変女子らしく、しかし過剰なくらい挙動不審に言った。
「お邪魔しま、す……」
「どうぞ。狭いしなんにもないんだけどね」
「ああ、いえ、そんなそんな、そんな……、あ、お菓子と飲み物買ってきたのでお収めください……」
「そんなのいいのに」
なまえさんはいつも通りで、疲れている様子もなければ体の調子が悪そうということもない。座布団の上にちょこんと座って大人しく僕にもてなされていた。
お茶とお菓子を並べると、自分が持ってきた菓子はこのあたりがオススメなのだと指を指して教えてくれた。
「いただきます」
わざわざ手を合わせて、拝むようにそう言った。
僕が特売で買ってきたお茶を、これでもかと言うくらい有難がって一口すする。やりすぎだと思うのに、それがどうにも面白くて口出しできない。
と、僕の方がすっかり癒されていることに気付いてハッとする。そうではない。
僕はなまえさんに僕が用意していた菓子を勧めた。
「よかったらこっちもどうぞ」
「ありがとうございま……す??」
「どうかした? あ、もしかしてこれ、好きじゃなかった?」
「あ、いえ、私はなんでも食べますから……、これ本当に頂いていいんですか?」
「……どうして?」
「いやこれ、その、えーと、なんて言ったらいいのか……このお菓子すごい高いやつっていうか、今人気のやつで手に入れるの大変って聞いたし……、本当に、私がもらっちゃっても……?」
ただ彼女は、人より気が回る女の子だ。心配しなくてもいいようなことを気にかけて、いらない遠慮をしたりする。そんな気遣い、する必要なんて一つもないのに。
加えていつも明るくて前向きだ。彼女はいつ、心を休めているのだろうか。僕が心配なのはその一点。
「これは、君と食べようと思って買ってきたんだ」
う、となまえさんは言葉に詰まって俯いた。僕の顔もきっと赤い。
「だから、食べてくれると嬉しいな」
「……喜んでいただきます……ありがとうございます……」
なまえさんのことだから、きっと、何を返すべきだろうか、なんて考えているんだろうけれど。
その必要は無いんだと、何度言ったって変わらない。なまえさんはそう言う女の子だ。僕はなまえさんに手を伸ばすと、柔らかい髪に手のひらを滑らせて笑う。
なまえさんは、ぽかんと赤い頬のまま、こちらを見上げる。両目は少し潤んでいた。
「お疲れ様、なまえさん」
どうか小さくて綺麗なヒーローが、いつでもここで休めるように。
僕も頑張らないと。
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20170823:のれん さま!
ありがとうございます! 管理人のあさりです!! 久しぶりにむめんくんシリーズに触って楽しかったです。連載番外編、ほのぼのデートになってれば、いいかな! といつも思います…。
それでは、この度はリクエスト企画にご参加ありがとうございました!!