20170703/肋角


「こんにちは、お疲れ様です」

そこに来たのは、気まぐれなんかではもちろんなく。いつだか自分には会いにこなかったなどと文句を言ってきた管理長殿に会う為だった。
少しだけ良い珈琲をいれて、ソーサーに乗せる。微かな音を立てて置くのだけれど、肋角さんはそんなものよりこちらをじっと見上げていた。
そのまま休憩をするとかで、私も珈琲をいれてきて、しばらく談笑した後に、私は私でやることがあるし、肋角さんは肋角さんで仕事があるからと、私は現世に帰ったのだった。それが本日の昼頃の話である。
それが、昼頃の話だ。
どうして私は、また獄都に居るのだろう。

「俺が連れて来たからだが?」
「うーん……、まあ、いいんですけどね……。なにか手伝いましょうか?」
「いや、いい。じきに終わる」
「あ、終わるんですね……、え、じゃあ食事とか持ってきておきます?」
「それもいい」
「そうですか……?」

棚の絆創膏を確認してみたり、窓から外を眺めてみたり。もう終わるらしい仕事を手伝うこともないとしたら、できることは見当たらない。
帰ったらまた静かに怒るのだろう。飲み物くらいは取りに行っても良い気がするけれど、道中ほかの獄卒に見つかったらそれはそれでこの管理長殿のこと、あまり良く思わないに違いない。
とうとうやることがない。
窓から獄都を眺めていると、音もなく気配もなく肩を後ろに引かれた。
いつの間にかすぐ後ろに立っていたらしい、六角さんに背中がぶつかる。見上げると、満足そうに笑う肋角さんと目が合った。
強そうな頬に手を伸ばす。
ぴたりと触れるとやけに熱い。
私の肩に置かれていた手が片方、私のそれより数段色っぽく私の輪郭をなぞる。ゆるやかに手を添えられて顔の角度を固定された。

「……っ」

名前を呼ぼうかどうしようか、迷って半分開いた唇に、六角さんの唇が触れる。拒否する理由も抵抗する理由も見つからない私はほとんどされるがままなのだけれど、果たしてこれでいいのだろうかと言う気持ちはいつもある。
相変わらずに距離とその詰め方とふれあいに戸惑っている。

「なまえ」
「肋角さ、」

ん、とただお互いの何かを確認するだけの間があって、そうしてまた何度も唇が触れ合う。気持ちが良くてもうあまり難しいことは考えたくない。生きている人間の私は果たしてこれでいいのか。しかしこれではいけない理由も大して思いつかないまま。
唇が離れると、私は大きく息を吐いて、肋角さんにすっかりもたれて体を預ける。
手が、腹の辺りを這っているのが気にはなるが、空気にすべてを委ねるような可愛さは持っていなくて。

「どうかしたんですか……?」
「……いっその事、ここに住んだらどうだ」
「はは、まあ、でも私は、生きていますから」
「そうか」
「そうですよ」
「今日はどうする?」
「いやあ、まっっったく身動き取れないんで、離してもらえたら色々考えるんですけどね」

私の何を、そんなに気に入ったのかはわからない。
私が望めば何もかも叶えてくれそうな強い瞳に、引き込まれすぎないようにいつも必死だ。もとよりそこそこ資質のある私は、簡単に人間ではなくなれるのだろう。それがいいことか悪いことかと言う話になれば、きっとそれは、あまり良いことではない。
などと、ぐらつく理性のてっぺんで考えている。

「今から帰るのも面倒だろう」
「そうですね」
「今日はここに居たらいい」
「そうですねえ」

肋角さんはどんな顔をしているだろうか。
私はどうにか振り返りながら「そうさせてもらいましょうか」と少しだけ悪く笑ってみせた。
肋角さんは私の三倍は悪そうな笑顔で「後悔するなよ」などと言うのである。
難しいことを考えるのは、ひとまずやめた。


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20170726:サオリ さん!
ありがとうございます! あさりです! 甘い話を描きたい日常ですがどうにかこうにかこんな感じでお願いします。まあたぶん会いに来てくれたのが嬉しかったんで足りなかったんじゃないですかねという解説をここ入れる時点でどうにもならない気がしますがなんとか許して下さい……。楽しんでもらえたら幸いです……。
そんなこんなで甘い(?)やつでした!! この度はご参加ありがとうございました!! また機会がありましたらよろしくお願い致します!!

 

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