20170703/ベクター


もう二時間ほどで日付も変わる、そんな時間に、なまえは体を引きずるみたいに帰ってきた。
玄関からリビングに、ちっとも姿を見せないから見に行くと、靴を脱ぐのもだるいのだと言う様子でぼうっとしていた。
体を倒したら眠ってしまいそうだった。

「……あ」

こちらに気配を感じてゆるゆると振り返ったなまえと目が合う。ぱちりと音がした後なまえははっとして立ち上がる。

「ただいま、遅くなってごめんね」
「連絡あったし別に心配してねえよ」
「そう? ならよかった。ご飯食べた?」
「食った。お前は?」
「食べたよ、大丈夫」

多分嘘だな、と俺は思うが、まあとにかくと疲れきっているなまえの腕を引いて脱衣所に放り込んだ。風呂に入らせてさっさと寝かせてやるのがいいだろう。
こんな時が、たまにある。
一日二日なら元気そうにしているが、ここ最近の帰宅はずっとこの時間だ。今日は少し寝坊していてなまえの弁当も食べれていない。
ただ、こんな時、なまえには悪いが一つ楽しみなことがある。
今にもその辺で寝転がって意識を手放してしまいそうな、その姿はいつぞやのなまえを思い起こさせる。ふらふらとするなまえを引っ張って、ソファに座らせる。髪の拭き方も適当で、着替えた灰色のTシャツにぽたりと雫が落ちたりする。
この状態のなまえは、大人しく、それはもう大人しく俺に世話をされているのである。

「……ご、めん?」
「ハイハイ。あとはやっとくからさっさと寝ろ」
「んん……」

数秒もしない間に寝息が聞こえて、ソファと俺に全部投げ出す。なまえの髪を梳かしてドライヤーを当てる。本来はもっとさらさらとしているが、ここ数日の不摂生がたたって調子が悪そうだ。
ちゃんと乾かしてやったら、なまえを抱えて、そうしてなまえの部屋へと向う。なまえの部屋にはあまり物がない。色々卒なくこなすくせに、これが好きだというものが少ない。俺も似たようなもので時折それが寂しくなったりもするがなまえはきっと「これからいくらでも」と笑うのだろう。
ベッドに寝かせてもなまえは起きたりせずに、俺はするりとなまえの横に寝転んだ。
一度半分くらい脱いで朝まで居たことがあるが、なまえは驚きすぎて扉で頭を打って大怪我をしたのでそういう悪ふざけはもうやめた。
あの時に一番面倒だったのは天城カイトであった。それはもう色々言われたが、努めて思い出さないようにしている。

「……」

俺は、どんな言葉をかけるべきかわからないまま暫くなまえの寝顔を見つめていた。
どんな言葉を選んでも、今のなまえには届かない。だから、なにを言ってもいいはずなのに。でもこうして保護されているうちは、きっとなまえの鉄の分別がどんな言葉も跳ね除けてしまうのだ。

「おやすみ」

そうだたまには、俺がなまえに弁当を作ってやるとしよう。余計なことは今はいい、俺と、それからなまえのためにできることを。


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20170705:青柳さん!
この度はありがとうございます! 青柳さんが一番のりでした!! ありがとうございました!
シリーズのベクターでいちゃいちゃさせるにはこれが限度でした……そもそもいちゃいちゃとは……? みたいなよくわかってないところがあるのでご勘弁を……。でもそう言われなければ書かないかもしれないので本当にありがとうございました。
よろしければまたお願い致します!

 

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