超感謝1周年!/サイタマ


「殴っちまうところだった」

サイタマが見下ろすのは世を騒がす怪人などではなくて、ただの数人の男達であった。
サイタマの見た目は人の油断を誘うけれど、その簡単な瞳の奥の光があまりに険呑で、男達は防衛本能のまま走り去った。私はぽつんと残されて。
サイタマが言った、殴ってしまうところだった、というのはつまり、うっかり殺してしまうところだった、と同じ意味だ。
まだ、何をされたわけでもなかったが、運のないことに彼らは私に絡んできたところをサイタマに見つかってしまった。
サイタマはしばらく、逃去る男達の背中をじいっと見送っていたが、そのうち同じ目のままこちらを見た。

「大丈夫か? 何もされてないよな?」
「大丈夫」
「そっか。よかったな」
「うん、ありがとう」
「ところでお前さ、なんかした?」
「なんかって?」
「何かっていうのは、いや、あー、まあ、いいか。行こうぜ」

私は一つ頷いた。
サイタマはすっかりいつもの調子に戻っている。一安心だ。
しかし、最近の彼は少しずつ変だ。どうにも落ち着かずにそわそわとしていることが増えたし、前々から過保護であったが、最近は過剰のレベルに達しつつある。
そんなことは普通恋人同士だってしない、と言うような行動を平気でとるし、どうやらそれでは全然足りていないらしく、常に何か出来ることを探している、という風だ。
小さな子供でもないのに靴紐を結んでくれたり、水たまりを避けるのにわざわざ横抱きしたりする。
それは少し異常であるし、素直に喜ぶのが困難になってきた。
救いは、恋人同士がするようないろいろを、しなくて済んでいることだけだ。
横に並んで歩くだけで、指先が絡まったりはしない。家に行ってもだらだらとするだけで、体の全部を擦り合わせたりはしないのである。
彼はまだ、あくまで私を保護しているだけ。

「ん」

それだけが、突破口であったのだけれど。
はたと、公園で寄り添うカップルを見つけてしまう。サイタマは、いつもならば小さな声で爆発しろ、なんて言ったり言わなかったりしているのだが、今日はやけに神妙な顔のまま彼女らを見つめて、また、その濁りのない目のままに私に視線を落とす。

「手でも繋いでみるか」
「え」
「そうしたら、俺が持ってるこの気持ちも、もっとハッキリするかもだろ。実は結構困ってたんだ。まあ、お前は気軽に、俺を助けると思ってさ」
「──、」

差し出される手を握ったら、もう戻っては来られない気がした。
気軽に、助けると思って、なんてとんでもない。
私が迷っていると、サイタマはコテンと首を傾げる。「え、もしかして、そんなに嫌なの??」などといつも通りの調子だ。
私は考えた末そうっと手を伸ばす。
程なく、ぴとり、と手のひらが合わさる。

「……」

サイタマはするりと指を絡ませて、二人して手を下ろして歩き出せば、普段の何倍も距離が近い。触れている体の半分がとても熱い。
そして、握られている手が痛む。
物理的にだ。どうにも彼は力の加減がよく分からない様子で。

「サイタマ、ちょっと痛い」
「え、マジで? 悪い悪い、これならどう?」
「……うん、大丈夫」

一安心だ。このまま力を入れ続けられれば骨にヒビが入っていてもおかしくなかった。手は離れない。
私はふうと、一息つくのだけれど、「なあ」と、いつもより近くから聞こえるサイタマの声にビクリとする。

「……なまえ?」

顔を見上げるのがなんとなく恐ろしくて、視線を合わさずに返事だけする。吐息に混ざるような自然な声だった。しかし、求められているのはただの返答ではないようだ。
求めるように、絡んでいる指が蠢く。

「なまえ」

はあ、と体の中の行き場のない熱をそっと吐き出す吐息が、髪の端にかかって抜ける。執拗に動き回る指先に、堪らず顔を上げた。

「サイタマ……どうかし、」

首筋の当たりから血液が急速に温度を変化させた。
見下ろす視線もあまりに情熱的だ。ちょっとした疑念や不安なら溶かしてしまうくらいに高温。繋いでいない方の手が私の頬に触れる。

「なあ、なまえ。俺さ」

心臓の動きが早くなる。
その鐘の音は、何を告げるものであるか。

「俺、実はずっと、こうしたいって思ってたみたいだ」

これだ。
確信を持って、静かに力強くつぶやいていた。私はどんな顔でサイタマを見上げていたのだろうか。サイタマの、今まで以上に恍惚とした吐息が降ってくる。触れてはいけない。そう、思うのに。
足が、手が、唇が。
全く動いてくれなかった。
繋がれている手は一時的に離れて、一秒よりもゆっくりとサイタマの両手が肩に触れて、羽毛布団のように優しく私の背に滑っていく。
服越しでも分かるくらいに、サイタマの体は熱を持っていた。
回された手に少しずつ力が入って、服がサイタマの腕に沿って集まった。
とても暖かいのに、ぎちり、と私に染み入る感情の名前は、何だろうか。

「なまえも、嫌じゃないんだな」

どうしたらいいか。どうするべきか。考えていて動けなかった私を、拒否しなかったと捉えたサイタマは、そっと笑って私を見下ろす。ほんの少しだけ離された距離。けれど、実際私の後ろは既に断崖絶壁であり、助かるには前に進むしかない。すなわち、サイタマの方へ。
嫌とかそういうのではなくて、このまま進むのは不味い気がしている。
彼の感情に、うまく名前をつけられない。
身体が離れるとサイタマはもう一度私の手のひらをすくい上げた。指先と指先が絡んだだけのはずが、長い楔を胸に打ち込まれたような衝撃があった。右足が重い。

「この方が、なまえを見失ったりしないし、いいな」

サイタマは機嫌が良いようだ。
隣に立つ姿も堂々としていて、この行動に一切の疑問を抱いていない。それどころか晴れやかで、目元がキラキラと光を放っている。
そのまま歩き出すサイタマに黙ってついていく。怖いわけではない。かけるべき言葉が見つからないのだ。

「サイタマ、」

どうにか名前だけを呼ぶ。

「ん?」

幸せそうに微笑んでいる。
それだけの事実が私から言葉を取り上げる。そうではない、その先へ行けば、サイタマはともかく私は破滅してしまう気がした。

「────」

離してほしい、だろうか。
重いよ、とか、私はそういうのじゃない、とかそういうことかもしれない。それはおかしい、は少し酷だろうか。どの言葉を選ぶべきだろう?
そもそも、私はサイタマにどうして欲しいのか。
まず。

「過保護、すぎない? ちょっと異常なくらいだと思うよ……?」

常常思って、言えなかった第一のこと。
私の言葉にサイタマはきょとんとした後、「ああー」と、気安い調子で同意した。やはり言われたか、と、そんな表情である。

「そうなんだよなー、俺もそれは思ってたんだよなー……。さっきも明らかにおかしかったし、前からちょっと自分でも気にかけすぎなんじゃないかってさ」

普通の言葉であればあるほど、恐怖心が増大するのだ。
サイタマもおかしいと思っていた。気にかけすぎだ。けれど。けれど? この先に続く言葉がひどく怖い。一つ誤れば人間一人を手にかけていたかもしれない。そんなにこじれてしまった今、もう私に出来ることはないのかもしれなかった。

「あんなことで人間殴りそうになるなんておかしいんじゃないかと思ったけど」

続く言葉に、息が止まる。

「よかった」

たった四文字に射殺された。
そして表情に脳を焼かれた。
たしかに良かった。彼らが死なずに済んだことは。けれど私にはわかる。これはその類の安堵の言葉ではない。

「俺はお前が好きなんだから、普通のことだよな」

サイタマは、笑っていた。


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20170418:夏目さま!
リクエストありがとうございました!
遅くなってしまいましたが、明るく(?)病んでいる(?)サイタマ先生です! 明るく病んで頂こうと尽力したのですがいかがでしたでしょうか。明るく病んでますか…?
さておき、楽しんで頂けていたら幸いでございます。この度は本当にありがとうございました。二周年を目指して頑張りますのでまたよろしくお願い致します!

 

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