超感謝1周年!/特務室(上司組以外)
昨日はバッチリ早めに眠って、朝少しだけ早く起きることに成功した。
軽く体をほぐした後にシャワーを浴びる、髪の毛の先から足のつま先までしっとりとさせて気分が良い。良いコンディションだ。(亡者の)血だとか(平腹による)泥だとかで荒れがちだが、数日前から使い始めた良いシャンプーは調子が良い。
そのまま真新しい服に袖を通す。
いつもはどこか活発な、動きやすくて汚れても良いような服を着たりしているのだけれど、今日は違う。いつもの格好も嫌いではないが、キリカさんに見繕って貰ったこの服は大人っぽさが滲み出ていて大変な気に入りになった。
落ち着いた白に、鮮やかすぎない花柄があしらってあるワンピースだ。スカートの先から白い足が伸びている。
その上からぱりっとしたデニムジャケットを羽織り、首元の寂しさをネックレスで補えば格好からしていつもと違う自分の出来上がり。ここまで来たら徹底しようと密かに練習していたヘアアレンジにも挑戦する。
勝率は五分五分という感じであったが、今日は手を火傷することもなく、服に似合ったふわりとした内巻きが完成した。自分でやったことなのに、思わず感嘆してしまう。ハイヒールのサンダルも、普段じゃ絶対に履けない。
全身鏡の前に立つ。
「悪くない、かな?」
本日の休日は、一人でふらふらとショッピングに出かける算段であった。
ただ、なんとなくキリカさんには見せたいかも、とか、特務室のみんなはどんな反応をみせてくれるだろうか、と思うと少しだけここでゆっくりしていくのも良いかと、部屋から出た。
食堂へ入ると、食堂が一瞬いつもの五割増しでざわめいた。なまえは見慣れた顔の多いテーブルへ歩き出す。
「んー?? なまえどっか行くのか?」
首をかしげていつも通りに話しかけてきた平腹に「うん、お休みもらったからショッピングにでもと思って」と返す。平腹はそれだけ言うと、さらに首を捻って、ふーん、と鳴いていた。
「あ、おはよう、なまえ。その服の、脇腹のあたりの花ってなんの花? 見た感じ結構強めの毒とかありそうだけど……」
そんなこと知るか。次。
「女みたいだな」
「ちょっと田噛、失礼だよ。えっと、なまえ……? いつもの服は?」
「そうか、確かにいつもとはだいぶ違う服だな……、洗濯中か?」
「なまえ? ショッピングより、俺と酒でもどう?」
酷すぎる。私は深くため息をついて彼らから背を向ける。今にも恨み言を言いそうだったので、私は彼らのテーブルからできるだけ離れようと歩き出したのだけれど。目の前に壁のような男が現れて足を止める。
見上げれば、紫色の瞳がじっとこちらを見下ろしている。
私的には一番期待していない線である。
「……なんだ、その格好は」
わかっていた。わかっていたが!
こうなるともう脳の奥がジーンと痛む。次いで熱を持つ瞳からうっかり涙が流れないようにぎゅ、と唇を噛んだ。
自分では結構いけると思っていたのに、どうやら彼ら的には完全にナシであるらしい。佐疫からすらお世辞の一つもない程にひどいと。そういう訳か。ああそうですか。
「おい、なまえ……」
「谷裂が泣かせたー!!」
「なに!? どうしてそうなる」
こういう時に一番に気をかけてくれるのは佐疫と斬島で、すぐに私のそばに来ると肩に触れようとする。
私はもちろん敵の施しを受ける気はなく、ぱちり、とその手を払って谷裂を避けて歩き出す。
「なまえ? ご飯食べないの?」
「うるせーですよ、もう行く、外で食べる」
一言二言褒めてくれるのでは、などという考えが如何に甘かったか思い知らされた。
彼らに女子的な付き合いの良さを求めたのがそもそもの間違いだ。思い切り怪訝な顔をされて気分が悪いを通り越して絶望である。
誰の制止も聞かない私の背に、追い打ちをかける一言が投げられる。
「その服でか?」
田噛この野郎。ツルハシで深く胸を穿たれた気分だ。
思わず少しよろめいて、とうとう彼らの残念さに言葉が零れる。
「キライ……」
ぴし、と響いた音がなんだったか、きっと私の心が凍りつく音に違いない。
見るからに、お洒落を頑張った後輩に、労いの、一つも、ないとか……! 私の努力はつまりその程度……ならばせめてどの辺がダメなのか教えてくれればいいものを、私の登場から否定が入る始末である。
木の葉が風に吹かれるように食堂から出ると、廊下をしばらく歩いたあたりで、後ろから騒々しい足音が迫ってきた。
振り返ると、血相を変えた獄卒たちが、いや、ちょっとこれはホラーでは?
思わず悲鳴をあげそうになるが彼らは私にぶつかる直前で足を止めた。
「ごめんね、なまえ。その服すごく似合ってるから今日は俺とお酒でも飲もう?」
「なんか今日のなまえいい匂いするなー!!」
「いつもと雰囲気違ったからびっくりしただけなんだよ? すごく綺麗だね」
「……悪くは無いだろ、その胸元とか」
「俺は足元なんかいいと思うが。強そうだ」
「なまえ、服に毒なんかないから安心していいよ」
「お前達それは褒めているのか……?」
は、と驚くほど乾いた笑いが心から出る。
「いいよもう……似合ってないのはわかったから……」
今更無理に褒められても虚しいだけであった。私のことがどうでもいいわけでないとわかっただけで充分だ。
空気を読まずに食堂に戻って引き続き気を遣われるのも申し訳ない。外でオシャレにモーニングでも頂こう。
「ありがと…嫌いって言ってごめん…じゃあまた…」
言うべきことを早々に言ってから歩き出す。
が、デニムのジャケットが7人の手により掴まれた。やめろ伸びたらどうしてくれる。
「まだなにか……?」
正直私は既にどんな顔をして彼らに向かえばいいのかわからないのだけれど。それは彼らも同じなようで、そっと私の服の裾を離すと、みんなを押しのけて木舌が私の両肩を掴んだ。
「ごめんね? でもなんていうか、やっぱりその服心臓に良くないっていうか、似合わないってわけじゃなくて、いつもの安心感が転じて危機感になってるって言うか、世の男達が放っておかない感じっていうか」
「ごめん、何言ってるのかわかんない……」
「つまりね、なまえ」
「こういうことがしたくなる」と、顎に添えられた指は田噛の鎖によって封じられた。
私は首をかしげたまま獄卒たちの前に立っている。
木舌を縛り上げた田噛がこちらへ寄って。
「特にこのあたりなんか出しすぎだろ」
つい、と鎖骨あたりを指でなぞった。ワンピースの胸元に指を引っ掛けようとした時、谷裂が田噛を吹き飛ばした。
「……身の危険を感じるだろう。お前はよく身の程を知って格好には注意しろ」
「……それやっぱり、似合わないからやめろって言ってるよね?」
「そうじゃない。谷裂は、似合いすぎるからやめろと」
「斬島アアアアアア!」
人の目の前で凶器を振り回すのをやめて欲しい。
谷裂と斬島はそのまま打ち合いながらどこかへ行った。奴らは一体何をしに来たのか。
この時点で残ったのは佐疫、抹本、平腹の3人である。
私はもう行ってもいいだろうかと佐疫と視線を合わせる。佐疫の頬は少し赤くて、視線はさりげなく逸らされた。
この私にはわからない次元で起こっている戦いのおかげで幾分かショックは薄れてきた。けど、今日はもういいから構わないで欲しい。子供は子供らしく拗ねておこうと思うのに。
「やっぱ変だなー」
平腹の素直な感想が何故か救いになるなんて。
「そうなんだよね、やっぱりそ、」
「なーんかうまそうなんだよなー」
撤回する。一番身の危険を感じた。平腹は一切の迷いなく私の足元にしゃがんで少しスカートを上げる。太股が乱暴に掴まれて、平腹は口を開けて私の足を引き寄せて─、
そのまま私のすぐ下に倒れ込んだ。
見れば平腹の首に注射が深く差し込まれている。「大丈夫、睡眠薬だよ」とは抹本であるが、なんだこれは、今日少し、いや大分、おかしいのではないだろうか。
抹本はその細い腕で平腹を回収してどこかへ歩いていった。思えば彼だけは始終平常運転だった。その事実に気付いて幾分かホッとする。
「……」
さて最後に残った佐疫だが、彼はこの展開をどう見ているのだろう。
「私のせい?」
長い沈黙の後、私がそう言って自分を指さすと、佐疫は大きくため息を吐いた。
そうしてゆっくり、首を横に振る。私のせい、ではないらしい。
「わからない?」
私はこくんと頷いた。
わかってたまるか、とさえ思う。
「今日の格好、本当にすごく似合うよ」
「……ありがとう?」
「本当に、すごく、きれい」
「え、あの、佐疫、佐疫さん?」
「──」
吐息混じりに甘く切なく。
「俺達が我慢できなくなるから、そういう格好するのは、なまえにいつか、大切なたった一人ができた時にして」
その、いかにも大人という雰囲気に耐えられなくて、私は顔を真っ赤にして逃げ出した。
なんだったんだ。
こんど、キリカさんに、相談しよう。
ひどい息切れも、しばらくすると治まった。
-------------
20170324:神楽さま!
リクエスト頂きありがとうございます! 獄都事変で、大人っぽくなりたい夢主と上司以外のメンバーの話書かせていただきました。わちゃわちゃしてるかどうか微妙なところですが、ご希望に添えていましたら幸いでございます。
私は抹本君をなんだと思っているのかという感じですが……。
ともかく、この度は本当にありがとうございました! よろしければ、またよろしくお願い致します!