超感謝1周年!/肋角


街灯と月を間違うような、明るい夜の日のことだった。
仕事でかすり傷程度の怪我をして帰宅した。怪我程度なら疲労することもないが、帰りに寄った居酒屋で、酔った同僚を担いで家まで送ったことがこの体の重さの原因だ。夜空は寒さに凍っているし、こちらは完全に酔いが醒めたし、帰宅までにかかった時間は通常の倍以上となった。
ふらふらとしながらアパートへと戻ってくる。一人暮らしである為当然明かりはついていない。夕飯の用意もない。こんなことならもう少しやつの金でなにか食べてくるべきだった。
家にあるものだけで適当に食事を済ませるとざっとシャワーを浴びて、力尽きるようにベッドに沈んだ。
糸が切れるように眠りに落ちて、いつもならば、そのまま朝まで目は覚めない。
今日は、まだ暗いうちに目が開いた。
まあそんなこともあるだろう。まだ夜ならばもう一度眠ろうと目を閉じるが、意識が落ちる前に小さな物音を聞いた。
ぎ、とベッドが軋む音。
同時に、体が少し音のした方に傾いた。

「……だれ」

眠気に掠れた声が出た。
いつもと違う細くて弱々しい声音に、すぐ近くにいるなにかはくつくつと笑っていた。

「わからないか?」
「……今のでわかりましたけど、なにしてるんですか。こんな夜中に」
「血の匂いがするな」
「ちょっと怪我してますからね。で、なにか緊急の用事ですか?」
「そうだな」
「……用はないんです?」
「……」

タバコの煙の匂いがしていた。
来訪者の実態はいまいち捕えられなくて、ほとんど気配のように揺らめいていた。
しかし、こちらに向かう意識ははっきりと感じられる。
刺がある、と言うほどあからさまではなくて、かと言って恋人に向ける甘さだけでは決してない。
機嫌が悪そうだ。
私が微動だにせず黙っていると、肋角という名の獄卒は布団の上から私の体に手を添えた。肩あたりだ。

「怒っているのか」

人間は普通、気持ちよく眠っているところを不当に起こされたらいい気はしないものだ。けれど、恋人の来訪と怒りを天秤にかけた時、私の場合怒りが上回るようなことも無い。

「……いいえ。さっきから少し様子が違うのは」

あなたのほうでは。
そんな言葉をかけるより早く、布団を剥がれたことにより全身に冷気がぶつかってくる。
抗議しようと体を起こすが、私は何をするでもなく、気が付くと肋角さんの冷たいシャツを掴んでいた。布団の中で、肋角さんと丸くなっている。触れる全身が冷たい。
ああ、気が利かなかった、そういえば今日はとても寒いのだから、眠気を押してでもなにか暖かいものを用意するべきだったのかも。

「木舌を、わざわざ獄都まで連れてきてくれたらしいな」
「……あー、その、すいません、寄り道してたらあんなことに」
「寄り道はいい、仕事もご苦労だった。だが」

言いたいことがいろいろとあるようで、言葉を選ぶようにぐっと静かになる。
少し離れてお互いに見つめ合う。

「俺に会いには来なかったな」

真剣な眼差しで、肋角さんはぐ、と私に添える手に力を込めた。
ああ、なるほどこうなってしまうのか。いや、こうなってしまうのか、じゃなくて。
やはり彼は少し機嫌が悪い。怒る、まではいかなくても、私に対して、どうしてやろうか、くらいのことは思っているだろう。

「しかもまだ、酒の匂いも抜けていない」

酔いはすっかり覚めていますけどね! ぐぐっと強くなる腕にこちらも必死に言葉を選ぶ。

「……お茶でも出しましょうか?」
「ほう?」

暗闇で、肋角さんの瞳が赤くギラつく。うーん、失敗したらしい。
何について謝っても墓穴を掘る気がしていた。この人(この鬼)は、木舌を送り届けたこと自体には怒っていないのだが、一緒に酒を飲んでいたことや、そもそも(命じたのは彼のくせに)木舌と一緒に仕事をしたことでさえ良くは思っていない。
たとえほかの獄卒相手だったとしても同じこと。
居酒屋に寄ったのは木舌に引きずられて不可抗力であった、とか、会いに行かなかったのは夜だったし私も早く帰って眠りたかったし、などと言っても、彼の機嫌を取り戻すことができるとは思えない。
いや、このままここで一緒に居るだけならば特になんということでもないのだけれど、ただでさえ体が痛いしだるいのに、これ以上何かを求められたら辛いという話だ。
どうするか。

「……怪我は平気か」
「え、ああ。大丈夫ですよ。すぐに治ります」
「すぐに?」
「まあ、獄卒の皆さんに比べたらぜんぜんすぐじゃないですけどね。人間の平均より若干早いくらいです」
「そうか」
「ええ、ありがとうございます。怪我も木舌が軽く手当してくれたりで、本当に大したことはありませんよ」
「……」

しまった。
この流れで、怪我の早期回復には無理をしないことが第一ですよ、なんて言ってやるべきだったかもしれない。
さっきから、するすると背中を撫でる手がひどく不穏だ。

「それで、楽しかったか」
「……」

ピリピリとする空気が肌に痛い。とてもじゃあないが目なんか合わせられないし、今自分からなにかアクションを起こしたらたちまち私の背を撫でる指先は衣服の下に潜り込んで来る気がしていた。
楽しかった、楽しくなんてなかった、どちらも選ぶべき言葉ではない。彼は多分、そんなことが聞きたいんじゃない。
それは、居酒屋での出来事とかは気になりはするだろうけれど、事細かに教えて欲しいわけじゃない。ああもう。だから。私は。

「……不安なら、好きにして下さって構いませんよ。どんな言葉も聞きますし、あなたのすることも全部受け止めま」

受け止めますよ。そんなくらいには、私だって肋角さんのことが好きだ。生者と地獄の鬼なんて、世間様に解説が要るような関係だけれど。
言い終わる前に言葉が途切れたのは、口を動かせなくなったからだ。
表面をまるごと食べ尽くすような口付けに、一瞬息も止まる。思ったよりも唇はすぐに離れて、微かに寂しそうに眉を顰めた肋角さんと目が合った。
滲むのは、黒と白の感情。
どちらも綺麗で眩しいから、私には、いまいちどっちがどっちかわからない。黒はきっと独占欲めいたもので、白は私の言葉に対して行動が大人気ないと思う気持ちだろうか。
最終的にどちらに転んでも、私はそこそこ大切にされているということになる。キスで少し乱れた息を整えるため、少し多めに息を吸い込む。
右手をそっと持ち上げてきて、肋角さんの頬にぴとりと触れる。
少し暖かくなっている。
私の指の方が冷たいかも知れない。

「……すまない」
「とんでもない、私も上手い言葉が浮かびませんで……ご心配おかけして申し訳ない……」

どちらからともなく、もう一度唇が触れる。
触れるだけの柔らかいキスの後、私は力を抜いてベッドに横たわったまま笑って、肋角さんもいつもの調子で微かに微笑んだ。

「なまえ」

はい、と返事をする。

「どんな言葉も聞く、と言ったな。あれはまだ有効か?」
「もちろんですよ。なんでも聞きますよ」

そうか、それならば、と肋角さんは、私の肩をぐっと押して、私の体を挟むように両手両足をついていた。
肋角さんの向こうに、天井が見える。
少し身構えるが、そんな雰囲気でもない。
力を抜いて、肋角さんを静かに見上げた。
赤色がゆらりと揺らめいて、鎖のように体に食い込む。その鎖は信じられないくらい熱を持ってるのに、溶けたりしないし、まして、私に傷が付いたりもしない。

「生前も死後も、お前は俺のものだ。死んだら俺が迎えにいくまで、他の誰にも付いていくな」

頬どころじゃなく、全身が熱い。
私はこの束縛にたまらなく安心している。どうしようもなくときめいている。しかしそれを素直に告げられる程冷静でもなくて、ただ視線を泳がせて慌てている。
だからこれから言葉にするのはただの照れ隠しだ。どうか本当は嬉しくて堪らないのだと気付いて、五秒後にでも抱きしめてくれたらと祈る。

「……まだ、当分死ぬ予定はありませんよ」

それが少し、残念、なんて。


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20170313:サオリ さま
はじめまして、管理人のあさりです。この度は企画にご参加頂きありがとうございます!
生者夢主と独占欲強い肋角さん、嫉妬、甘々という感じで頑張ってみましたが大丈夫ですか。元々糖度低めというか気が付くと糖度低めな私のサイトでございますが、どうにか甘味成分を取り込めていたら良いなと思う次第です…。
何はともあれ、リクエストありがとうございました! 企画終了後も何卒よろしくお願い致します…!!

 

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