超感謝1周年!/サイタマ、ソニック


午前7時半起床。
(最近はあまり早く起きられないようだ。ちなみに会社の連中には七時前には起きると謎の嘘をついている)
その後わずか20分ほどで身支度を整えて出勤。
午前8時半勤務開始。
(三分前に職場に到着して眠そうに作業を開始する。飲み物は温かいお茶か、白湯、あるいは水である)
午前11時から正午まで昼休憩。
(最近は会社の外に出ずに睡眠をとっている。前までは毎日散歩に出ていたが、これでは声をかけに行くのは難しい。硬いテーブルに突っ伏すなまえの後頭部を眺める)
午後5時半、退社。
(真っ直ぐに帰宅の予定であるはずだが、一人の男に声をかけられていた)

□ □ □

呼び止められて振り返る。オレンジに燃える空の下。たった一人で歩く川沿いの道。
見れば、会社で時々話をする年下の青年が息を切らして立っていた。肩は大きく上下して、頬は必要以上に赤である。
男の両目がゆらりと揺れて私を捉える。

「なまえさんが、好きです」

彼の目に映る私はあまり動じていなかったけれど、実際は少し焦っていた。
きょろ、と周囲を見渡す。
この辺りには二人だけ。
しかしあれは、私などに見つかるようなにわか仕込みの変質者ではない。
私はこの青年の言葉を理解したが、有長にラブロマンスをしている場合ではないと、告白への答えを放棄。

「早く前言撤回して逃げた方がいいよ」
「えっ」
「だから、今のは全部なかったことにして、逃げた方が、」

あ、と私が声をあげるのと、彼に黒い影が落ちるのは同時だった。
自身の影に負けず劣らず黒い格好をした男は、私の同僚を見下ろして目をピクリとも動かさない。黒い男の名前は音速のソニック、忍者である。
ソニックが放つ殺意はあまりに冷たく、一帯の空気がかちりと凝固。

「俺のなまえに、何か用か」

断じて君のではない。
が、同僚の彼にそんなことがわかるはずもなく、また嘘とわかったとしてなにかができる訳もない。
私は口を挟まず静観している。今月三度目の出来事、通算では、数えていないからわからない。
程なく、同僚くんは「ス、スイマセンデシタ」と叫びながら走り去って行った。
私に告白するとよくわからない悪魔のようなものに襲われる、とは会社中の噂であるが、まだこうして声をかけられる。これ以上物騒な噂が立ち上がる前にやめておいてくれると嬉しいのだけれど。
こちらに向き直る忍者の顔は無駄に誇らしげであった。

「無事か」

着々と、精神に受けるダメージが減っていることに気付かないようにして私は何事も無かったかのように歩き出した。

「ふ、無事らしいな? お前が無事ならば何も問題は無い。さあ、帰るか」
「……」

私は彼に名乗った覚えもなければ、彼と同じ場所に帰る道理も見つからない。当然だが、彼に私に告白してきた男の子を追い払う権利もないのである。
つまり、この黒い忍者は相当に質の悪い変質者で、絶賛私はストーカー被害に遭っているのである。
ストーカーと談笑する気ももちろんない。
私は無言のままに歩き出す。
この時、当然のように隣に並ばれるが私の身体能力ではこれを振り切れないので、この点については諦めている。

「まったくお前という奴は……。人気があるのはいい事だが少し多すぎるのではないか? 今月に入って五人は追い払っているぞ。俺という存在を大いに匂わせれば不届きな輩も減るだろう。あまり表の世界に名も顔も晒すのはまずいが、なまえは特別だ。許そう。このストラップも付けておけ、いざという時この部分を折ると催涙ガスが出る優れものだ。不審者に襲われた時に使うといい」

などと、視界の端でクナイの形をしたストラップが揺れている。
ツッコミどころが多すぎて、選択肢は「無視をする」の一択だ。
どうやら影で暗躍しているらしく、私の知らないところで被害者が増えているようだ。その事実だけは被害者の方々に申し訳なく思う。
思うが、平気な顔をしていても私も被害者である。その他被害に遭った面々にも、是非「あいつは気の毒だな」くらいのこと考えて欲しいものである。

「どうした? 嬉しくはないか? まあ確かに女が持つには少し奇抜なデザインかも知れないが実際役に立つだろう。早く受け取れ……いらないのか? ならば勝手に付けておこう。暴発させないように気を付けろ」

勝手にカバンに変なストラップを付けるんじゃない。
しかも一体いつの間につけたのか。
気づくと私のカバンに趣味の悪いクナイストラップが揺れていた。
例えば全く知らない者同士が出会ったとして、そこから正規の手続きというか手順を踏んでいれば器用なものだなと感心くらいしたけれど、ストーカーに護身用グッズをもらってもなんの有難みもないし、私には用意できる顔も当然言葉もない。
できるだけ触れない。反応しない。こちらは君にかける心はないのだとどうか伝わって諦めてほしい。
それが出来たらストーカーにはならないだろうが、私は人間の可能性を信じている。
と、達観したように思ってみたところでこのストーカーが怖くないとは言っていない。
最近知り合いになった超かっこいいヒーローに、弟子経由で連絡を取ることにする。
携帯電話の画面に軽く触れる、手元が明るくなって顔に僅かに光がかかる。

「ん、おい、なまえ。それはなんだその待受は。俺が設定してやった俺の写真はどうした? 勝手に替えるな。しかもそいつはサイタマか!? どういう関係だ。どうしてお前がサイタマの写真など持っている。いや、隣に写っている金髪のヤツがメインか? まさかそういう顔の方が好みか」

ストーカーに絡まれてるから助けて欲しい、とメールを送る。メールを打ち込んでいる時、彼は一人でブツブツと喋るのに忙しく私が携帯を開いて何をしたのかまでは気にしていない。
私の待受がサイタマさんとジェノスくんであることのみをひたすら気にしている。
私は変わらず黙ってソニックの存在をなかったことにしているのだけれど、奴め全く意にも介さず私の肩をがしりと掴んだ。
肩がぴきりと音を立てる。

「痛い」
「!」

全体の線の細さに似合わず、力が強く耐えられなかった。このまま力を入れられ続ければなんの訓練も受けていない私の肩は簡単に砕け散る。
ただでさえ抵抗する術を持っていないのに、腕を失ってなるものか。
き、とソニックを見上げる。
ここではじめて目が合った。ソニックの残念な事に整った顔は一瞬ぽかんと間が抜けて、それから頬を赤らめ全身をふるふると震わせた。
肩から手を離せ。

「ふふ、そうか。それは悪かった。ああ、やはりなまえは美しいな。俺もそれなりにいろいろな人間の顔を見てきたが、お前ほど完璧なのはそうそういない。いや、俺はお前の顔も好きだと言うだけの話だ。無論顔以外も愛しくてならない。これはそんなに簡単な話じゃあない。こうなってしまってはもう全てが手遅れだ。なまえの顔はおそらく跡形もなく削ぎ落とされようが美しいのだろう。俺は当然のように今までと一切変わらずになまえを愛していられるのだろう」

そっと、私の頬を指先で侵す。

「だと言うのに。何が不満だ?」
「全部知られてるってことかな」

私の顔は、彼にどのように見えたのか。
音速のソニックは一瞬動きを止めて目を見開く。
その両手が私に迫り蠢いて、黙っていれば綺麗な顔はなるほど正気を失っている。

「なにやってんだ?」

ぴたり、とソニックの動きが止まる。
私は落ち着き払って、ヒーローに言った。

「たすけて」

勝負は一撃。
いやそれは、本当に勝負と呼べるものだっただろうか。

「……」

助けを求めたその一瞬後。
コンクリートにめり込むストーカーを、私は見下ろしていた。
私にもできそうな気がする。けれど、そっと助けてくれたヒーローのマントをつかむ指先には、そんな力はないのである。

「ありがとうございます、サイタマさん」
「おう。大丈夫だったか?」
「ほんとうに……」

ああ、こんなに美しい強さを、私はほかに知らない。

(やっぱり、私は、この人が好きだ)

口の中だけで呟いた。その、言葉に。

「くく、なるほどな……! ならばやはり、サイタマを倒せば自動的になまえは俺のものになるというわけか……!!」

足元でソニックは笑っているが、それが限界らしい。体は脳に与えられた衝撃によりうまく動かせていない。

「……勝てればね」

さて、サイタマさんにお礼をしなければ。
どうしたら、弟子の方も喜んでくれるだろうか。
私はしばらく、平和な日常を送った。

□ □ □

午後7時頃、「勝てればね」となまえは言った。
(とうとう核心的な言質を取った。サイタマに勝てばなまえは俺のものだ)


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20170303:とらぬさま!
はじめまして、管理人のあさりと申します。
この度はリクエストありがとうございます! ストーカーのソニックの小説を書かせて頂きました!!
いつも遊びに来てくださっているということで…今回も楽しんで頂けていましたら幸いです。
そして、企画にご参加くださりありがとうございました! これからも心の底から楽しんで頂けるよう精進いたします!! 本当に、ありがとうございました!


 

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