超感謝1周年!/ソニック


突然周囲が明るくなったから、ほとんど反射で目が開いた。
柔らかいソファに体の全てを任せて眠っていた。
覚醒とまではいかないが、ぼんやりとした視界は一つの人影を捉えるに至る。
なまえが体を起こすよりも早く、その影はなまえの傍に寄った。
影の輪郭がだんだんとはっきりしてくる。白くぼやける視界の中で、印象的な黒色が浮かぶ。
黒色は、なまえになんと声をかけるでもなく、そっと乱れた髪に触れる。
その暖かさに、「眠っている場合じゃないな」と突き動かされて。

「ソニック、今、何時?」
「八時前だ。こんな時間に昼寝か? 珍しいこともあるものだな」
「んん」

なまえは手櫛でざっと髪を整えて天井を見上げると、目尻から少し横にずれた場所を指先で軽く押さえた。少しだけ、血の流れがスムーズになった気がする。
もう目を開いていることが辛くはない。
改めて周囲を見ると、脱いでそのままにしたコートを布団にしていたし、靴下もソファの下に落ちている。よくよく見ればスーツのままろくに化粧も落とさずに眠っていた。帰ってきたのは、たしか、七時を回ったあたりだった。そんなに眠っていた訳では無いにしても、帰ってくるなりあかりもつけずに、暖房もつけずに眠っていた。
それを、ソニックに見られた。
なまえにとっては、その一点のみが気がかりだった。

「……ごめんね?」
「何を謝っている」

情けないところを見せてしまった。
今すぐなんでもなかったみたいに部屋着に着替えて、いつもみたいに夕飯を作らなければ。
時間が時間であるから簡単なものしか作れないけれど、とにかく。
なまえは、なまえ自身に背を押されて立ち上がる。
けれど、ソファについたままの手、腰のあたりがやけに重い。動けないほどではないにしても、調子が良いか悪いかと問われれば、良くはない。
なまえの様子が少しおかしいのは、ソニックから見ても明らかだった。

「……おい」
「うん。ごめんね」

ちょっと貸して、となまえはソニックの左手をとった。
驚いたことに、自分の手の方が冷たい。
外は寒いのに、体温を奪ってしまって申し訳ない。それでも、少し。

「……」

ぴたり、となまえはソニックの手のひらを自らの頬に持っていく。
その上から自分の頼りない両手を合わせて、目を伏せる。あたたかさは、肌の表面から血管に、やがては流れる血液をあたためて全身へ。
イメージをする。この熱はたしかに自分を動かしてくれる。

「よし、」

大丈夫だ、と顔を上げてぎょっとする。
意識を浮上させて気合を入れ直したなまえを、ソニックはひどく眉間にシワを寄せて見下ろしていた。
ひどく、眉間にシワが寄っている。
嫌そうである、というよりは不愉快そうな表情だ。なまえの行動が気に入らなかったらしく、しかして今の気持ちをうまく言葉にすることも出来ない。
発散できない気持ちは見事に、眉間にぎっつりと刻まれている。

「あの? なにかまずいこと、した?」
「……」

ソニックの手を慌てて離す。顔がベタベタしてて不快とかそんな事だろうかと思わず自分でも頬に触れるが、特にそういうわけでもないように思う。
なまえの様子に、ソニックは煮え切らない顔のまま立ち上がったなまえをソファに押し戻して、一言。

「動くな」
「えっと」
「待ってろ」
「あ、はい」

もどかしくて仕方が無い、瞳はそんなふうに揺れていた。
ソニックはなまえに背を向けたと思うと部屋から消えた。
どこかへ行ってしまったようだ。待っていろと言っていたし帰ってくるとは思うが。
なまえは、どうしようかと一瞬悩むが、ソニックの言葉に甘えてばたりとソファに倒れ込んだ。ぼんやりとしていると、時計の針の音が聞こえる。
何も考えずにその音を追いかけていると、ひゅ、と風を切る音が聞こえた。ああ、彼は音もなく移動しているものだと思っていたけれど、こう静かなら聞こえるものなんだなと、なまえはゆるゆると起き上がる。
口を開く、おかえり、となまえが言うよりも早く。

「食え」
「うん……?」

目の前に置かれたのは駅前にある弁当屋の袋。中に入っているのは当然弁当であるが、なまえはいまいち自分の身になにがおきているか理解出来ずに押し黙る。

「豚汁も買ってきてやったぞ」
「ありがと……えーっと、ソニック?」
「なんだ」

ソニックの眉間に微かに力が入る。
あまり、行動について触れられたくはないようだ。
なまえはいろいろと聞いてみたい気持ちを抑えて唇を引き結ぶ。緩みかけたのは、ソニックの行動を嬉しいと思っているから。

「ううん、ありがとう」
「さっさと食え」
「うん」

いつの間にか風呂まで湧いていて、なまえは弁当を食べ終わって少しすると、さっさと入れと風呂場へ押し込まれた。ソニックが一緒に入ってこようとしていたが、それはなんとか阻止。ただ、それなら二十分以内に出てくる事、とおかしな条件付きであった。
二十分以内。確か小学校の林間学校の入浴時間がそんな決まりで、子供ながらに文句を言っていたことを思い出す。
あまりゆっくりしている暇はない。
けれど、湯船から嗅ぎ慣れない爽やかな匂いがする。こんな入浴剤置いていただろうか。

(まあ、私に覚えがないってことは、これもソニックがしてくれたってことなんだろうなあ……)

柑橘系の、いい匂いがする。
できればもう少し入っていたいが、思わず、今日のことを思い目が熱くなる。目の表面から湧き上がった熱が零れ落ちそうになる。
なまえは湯船で膝を抱えて小さく笑う。
ああ。
だから、彼は一緒に入るのを拒むなら早く出て来いと言ったのである。
ゆっくりぼうっと余計なことを考えて、一人で泣かないように。
その配慮を無駄にはしたくない。
なまえは手早く風呂から上がると、ようやく部屋着に着替えた。先程まで着ていたスーツは脱衣所に放っていたはずだが見当たらない。
いつもはこのままドライヤーで髪を乾かすけれど、そのドライヤーも見当たらない。リビングに出ると、真っ白でふわふわとしたバスタオルをひろげて、ドライヤーと櫛を装備したソニックが、なまえと同じような部屋着で立っていた。

「ん」

なまえを出迎えたソニックの目は優しさで細められて、口元は自信のある曲線を描く。
その笑顔はあまりに美しい。
顔の形が変わるのではと思うくらいの熱が、頬から上に迸る。思わずばし、と両手で顔を覆って、そのまま床に崩れ落ちる。
なまえは床に額をつけると、片方の手は胸のあたりをぎゅっと掴む。
一瞬、息の仕方を忘れた。
ソニックが、すぐ近くに立って見下ろしている気配がする。
ふふん、と鼻で笑う。

「どうした、見惚れたか?」

つまりそういうことであった。なまえは「かんべんして」と両手をあげて平伏すしかない。

「まあ、それはいい。そこだとコードが届かん。こっちに来い。……そのまま、うずくまっているなら俺が抱えて連れていってやるが」
「これ以上はとうとう息ができなくなるから……、すぐ行きます……」

先程弁当を食べたソファに戻ってくる。
しっかり片付いていて、それどころかどこぞに眠っていたアロマキャンドルなんかが焚かれて、しかも席にはホットミルクが用意されている。
ハチミツのような甘い香りが部屋に満ちる。

「……」

しばしドライヤーの音だけが聞こえる。なまえは気を抜くと「どうかしたのか」と聞いてしまいそうになる。
「どうかしたのか」ではない。この場合、ソニックの行動はガラにもなく部屋で沈んでいたなまえを慮ってのものに間違いはない。どうしたのかと聞きたいのはソニックのはずだ。
だが彼も、何も聞かないでいてくれる。話せばきっと、聞いてくれる。だろうが。
しかしこれはやりすぎではないか。
なまえは大人しくソニックに身を任せたまま真っ直ぐに目を閉じる。
そのうちドライヤーの音が止んで、髪にブラシがかけられる。

「終わったぞ」
「ありがとう……」

少し落ち着いてきたので振り返る。
髪がさらさらと肩から落ちる。自分でするよりずっとコンディションが良い。
振り返るとパチリと目が合う。

「? あの、ほんとに、ありがとうね」

もう大丈夫だと、そう続けようと口を開くが、ぱし、と口元を抑えられる。
無表情に見える、無関心そうに見える瞳を、なまえもじっと覗き込む。唇の端がいつもより下がっている。目の前のことに無関心である時の顔ではない。これは。

「……(怒ってる、かな)」

どこか不機嫌な様子だった。一体何が理由だろうか。
少しずつ記憶を遡って考える。
考えると、ああ、そう言えば一瞬だけ不機嫌な顔をしていた。あれは、なまえがソニックの手を取って、ほんの一瞬だけ触れた後。
なんでもない行為であったが、あれは。

「俺をあまりバカにするな」

ソニックの指がなまえの唇から離れて、なまえの肩に移動する。
怪人を、あるいは人間を射殺す眼光がただ真っ直ぐになまえを捉えている。
ソニックは続ける。

「普段通りが難しいならそれで構わん」

明らかに、ソニックの方が普段通りではなくて、自分はどうするべきかと狼狽えていたなまえであったが、体と心にもたらされた熱が大きく広がり、とりあえずはと少しだけ開いた唇からひゅ、と空気を吸い込んだ。
少しでも冷気を取り込もうとしたのだけれど、外気は体の中で熱く溶けた。
なまえは、あの時、ほんの少しだがソニックの手を取って、そのあたたかさに甘えた。

「わざわざ心を奮い立たせてなにかをして欲しいなどと、俺は思っていない」

両目が震える。
息が上がる。

「言ってみろ、なまえ。お前は今ー」

ここまでだった。もう立っていることもままならない。
涙がつくとか情けないとか酷い顔だとか、そういうのは全部後でまとめて謝ろう。
雪崩込むように抱き着くと、なまえが今全ての建前を捨てて自分に飛びついて来たことがたまらなく嬉しいらしく、ソニックも優しさと甘さだけをその腕に乗せて抱きとめた。

「それでいい」

なまえは、もうソニックの姿を伺えないけれど、穏やかな声音に、これが彼の(私の)望んだものだと確信した。


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20170225:ロウさま
この度はリクエストありがとうございます!
ソニックに夢主から甘えてみた結果ベッタベタに甘やかされた(?)話でした。
大丈夫ですか、ちゃんとリクエストに添えていますでしょうか……??
大丈夫でなおかつ面白いといいなと、それからロウさんには前回もリクエスト頂いていますのでなんとか、二、三ミリでも成長出来ていたらと気合を入れて書かせていただきました。
本当に、ありがとうございました! Twitterでもありがとうございます!
もし宜しければ次の機会も(ありましたら)書かせて頂きますのでよろしくお願い致します。

 

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