超感謝1周年!/佐疫


なまえが谷裂とどことなく仲がいいのは周知のことではあるけれど、俺は何故そうであるのかを考えずにはいられなかった。
任務で組むことも多いし一緒に鍛錬する姿もよく見かける。話している時も谷裂は気持ち穏やかで、肋角さんの次くらいになまえのことが好きなのではないか。なんて話は仲間内でも時々上がる。
俺の視線の先では鍛錬を終えたらしい二人が言葉を交わしている。心なしか距離も近い(ように思う)。
谷裂がなまえを憎からず思っていることはわかる。
ただ、俺にはその情報は比較的どうでもよくて、なまえは、谷裂をどう思っているのかがひたすらに気になっていた。

「俺はまだ鍛錬を続けるが、お前はどうする」
「私は図書室に籠るからここまで。付き合ってくれてありがと。谷裂はまだやるの?」
「ああ、少し休憩したらな」
「そう、まあほどほどにね」

なんてことない会話なのだが、そのなんてことない会話をするのが難しい。
なまえは必要最低限の事しか言わないし、話が面倒そうだと見るとどこかへ逃げていってしまう。なまえのことを知ろうにも、届く言葉が分からない。
二人はわかれて、谷裂が俺の方へやってきた。
俺に気付くと、「佐疫か」とこちらを見下ろすので、俺は極力いつも通りの笑顔で応えた。

「なにかあったか?」
「どうして? 何も無いよ」
「いや、少し……。まあなにもないならいいが」
「うん」
「そんなことより、もしや佐疫、暇なのか」
「鍛錬? 谷裂は本当に鍛錬が好きだね。さっきまでなまえとしてたんじゃないの?」
「ああ、なまえは的確に相手の弱点を突く。いろいろと気付かされることも多い」

谷裂はなんてことないようになまえのことを話すけれど、なまえについて話すことが出来る獄卒はそうそういない。
冷たいという訳では無いし、嫌われてもいないのだけれど、彼女には取り付く島もないというか、中途半端な気持ちでは全く近づけない。
彼女と一定の時間一定の頻度で一緒にいるということが、俺には想像出来なかった。

「ねえ、谷裂は」

どんな風に彼女と仲良くなったのか、なんて聞けるはずもなく。そこで言葉は途切れて「ううん、なんでもない」と思いを引っ込めた。これだから、俺は近付くことさえままならないのかもしれない。

□ □ □

いつになく、真剣に手合わせをした。半ば八つ当たりのような気持ちでいつもより少し荒かった。谷裂はしきりに首をかしげていたが、その原因に見当をつけるには至らなかったようだ。
指摘されたら何を言うかわからない。気付かれなくてほっとした。
その後ふらふらと館の中を歩いていると、足は自然と図書室のほうへ向かっていた。
資料をあさりに行くわけではなくて、なまえがまだ居たのなら、挨拶くらいはできるかもと思っての行動だった。
だったのだが。
図書室の前、廊下に、どうしてか平腹が寝ている。廊下の真ん中、大の字であった。少し離れたところにシャベルも落ちている。
放っておくことも出来なくて、そっと声をかける。
起きがけに殴られても困るので彼の腕の届かないところから。「平腹? どうしてこんなところで寝てるの?」拾い上げたシャベルでつつきながら言う、幸いなことに彼の寝起きはなかなかに良く。

「ん? おお!? 佐疫じゃん!」
「どうしたの、こんなところで」
「……どうしたんだっけなー? んー……? あ、あ? ああー! そうそう、なまえにうるさいから出ていけって放り出されたんだよ! だから寝てた!」
「そっか……」
「起こしてくれてありがとな!」

シャベルを手渡すと体についた埃をそのままに去っていこうとしたので、佐疫が代わりに埃を払った。
平腹は「そのうちとれるだろー」と笑っていたが、そういうわけにも行かなかった。そもそも、そのうち取れるということは埃を撒いて歩くという事だ。
ブンブンとシャベルを振って離れていく。
その反対方向、つまり、俺の後ろから。

「やっとどっか行ったわね……」

声。
凛と響いて、思わず背筋を伸ばしてしまった。
びくりと震えて背後を見ると、佇む女の獄卒、なまえはちらりとこちらを見上げて「お疲れ様」とだけ言った。
驚いて言葉がうまく出てこず、「なまえこそ」なんてこちらまで淡白なものになってしまった。
折角の機会なのだから、これを逃す訳にはいかない。彼女の時間を、どうにか。

「あの、なまえ?」
「なに?」
「もしよかったら、いいお茶とお菓子があるから一緒に食べないかと思って」
「……佐疫が、私と?」

田噛とはまた違った気怠さでもって、なまえは首をかしげていた。
確かに、俺はなまえと仲良くなりたいと思っていても、実際はなまえと任務をこなしたことも数度とない。普段話すこともほぼほぼない。
それが唐突にお茶をしようなんて、なまえにとっては不自然な展開だったに違いない。

「駄目かな?」

とは言えここで引くのも余計不自然だ。
俺はただほかの獄卒にするように、同じく等しく彼女のこともお茶に誘っただけのこと。

「……そうね。いいお茶なら、頂くわ」
「よかった」

俺の声は、俺が思っていたよりずっとほっと力が抜けていた。
なまえは俺の、あまりにも気の抜けた声に少しだけ驚いて、居心地が悪そうにゆっくり両肩を上下させた。

□ □ □

なまえと普通に話すのはやはり難しい。
お茶が美味しい、それからお菓子が美味しいと言う話題以外会話という会話になっていない。
これはなまえのせいではなくて、俺がうまく話せていないせいだ。いつもより言葉が少なくて、何を聞くにも一呼吸必要。
なんだかなまえに申し訳ない。
今だって空気が固まって、お茶の香りが伝わりずらい。
ちらりとなまえを見ると、テーブルに肘をついて困った様にあくびを噛み殺しているところだった。

「佐疫? 優等生もほどほどにしとかないと、合わない奴に無理に合わそうとすると疲れるわよ」
「え?」
「悪いけど私から合わせることはないし、貴方の狙いもイマイチ分からない」
「……」

なまえがついにそんなことを言って俺の方を真っ直ぐに見た。
伺うように少し下から、こんな目をしているのは珍しい。が、今は喜んでいる場合ではない。今にも、「ごちそうさま」なんて言って優雅にどこかへ行ってしまいそうな、この雰囲気をどうにかしなければ。
なまえは怒っている訳では無い。
ただ困っている。
それは、俺がなまえを困らせたいわけじゃないと知ってくれているからだろうし、なまえも俺に気をつかっているからだ。

「ごめんね、本当は聞きたいことがあったんだ……。なかなか思い切れなくて時間を取らせちゃったね」
「ああ、時間はいいのよ。お茶もお菓子ももらってるんだから……それで?」
「うん……。ねえ、なまえはさ」

カップを傾けながら、なまえの宝石のような瞳がこちらを見ている。

「谷裂のこと、どう思う……?」
「たにざき……? 別に、一緒に廊下とか歩いてると狭いなって思う程度だけど」
「なら、斬島は?」
「食べ物持ってる時は近寄りたくない」
「平腹のことはどう?」
「必要以上にうるさい」
「田噛」
「仕事の押しつけ合いがはじまるからあんまり組みたくない」
「それなら」

なまえは答えてくれているけれど、首を傾げて俺の真意を探っている。
「なんで?」という言葉はもう喉元に準備されているのだろう。

「俺は?」

なんで、どうして、そんなことを聞かれる前に。
思い切ったつもりだったが、なまえはとうとう押し黙って、テーブルにカップを置いて腕を組んだ。

「……なんて言って欲しいの?」
「……」

そんなものは決まっているけれど、この遠回りになまえの両目は少々濁っている。
怒ってはいないだろうが、俺の煮え切らない様子を前に苛立っている。
距離を詰めるどころか、余計に開いてしまいそうな、微妙な綱渡り。
綱の端はなまえが持っているけれど、いつ離されてもおかしくはない。

「こんな質問、困ったよね。ごめん」
「……ここで引くの? ますますわからない」

なまえの視線にぴり、と胸の一部が焼けたような感覚。
やはりまだ、お茶に誘う、なんて早かったのかも知れない。
いや、もっと事前に用意していたら、もう少し楽しんでもらえたのかもしれなかったのに。

「ごめんね、俺はただなまえのことをもう少し良く知りたいと思っただけなんだ」
「はあ……、佐疫が、私を」

なまえにとっては俺がなまえに関心を示すのはひどく意外なことであるらしく、しきりにそう口にする。
俺の気持ちは、どうやら一つも伝わっていない。
俺が一方的に好きで、それを伝える方法を考えている間に、なまえは俺がこうしてなまえに声をかけたことから不思議がっている。
それは確かに、噛み合わないわけだ。

「佐疫は、私が苦手なんだと思ってた」

加えて、そんなことを言うものだから、つい。

「俺はなまえのこと、好きだよ」

初めて見る顔をしている。
瞬きを忘れて両目を開いたまま、言葉も忘れて唇はゆるく離れたまま。俺がどうにかにこりと笑うと、「んん」と胸を抑えたあと、頭を抱えて空を仰いだ。がつん、と肘がテーブルにあたった。彼女はこれ以上ないくらいに慌てている。
苦手というのは間違っていない。目の前にするとどうしていいかわからないのは苦手意識とよく似ていた。
けれど俺は、なまえを真っ直ぐに見つめるのが怖いと思いながらも、近付かずにはいられない。

「やっぱり、俺のことはどう思っているか、聞きたいな」

俺の言葉でも、なまえを揺らすことが出来る。

「佐疫のことは、」

いつか、好きだ、と言ってくれたら。


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20170222:ちま さま!
この度はリクエストありがとうございました! 
ドライで辛口な女の子の話しでした! 相手はおまかせということだったので佐疫さんで書かせていただきましたがいかがでしたでしょうか。
やたらと長くなってしまい更新も遅れてしまいましたが、楽しんでいただけていましたら幸いです。あまり甘くはなりませんでしたがきっとこれからも佐疫はがんばって距離を詰めようとするので、ちょっとずつデレてくれるんじゃなかろうかと思います……。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!!!


 

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