超感謝1周年!/獄都のみんな


ある平穏な朝のことだった。優しい光の差し込む館の中で、朝ごはんを食べようと獄卒たちは食堂に集まっていたのである。
平穏な朝を平穏に過ごす、彼らはそう信じていたけれど、黄緑の目をした小柄な獄卒が、ふらふらと食堂に入ってきて、なまえはこの上なく嫌な予感を感じたのだった。

「おはよう、みんな……」
「おはようございます、抹本先輩。……あの、大丈夫ですか?」
「また徹夜したの……?」

とは言え出合い頭に逃げ出すわけにもいかない。なまえはふらふらとする抹本のもとへいって、そっと抹本の左側についた。
佐疫も同じように近くへ来て、松本の背に気遣うように手のひらを置く。
曖昧に笑う抹本に、平腹までもがひょこひょこと寄ってきて、腰から首をかしげて抹本の顔を覗き込む。

「すっっげー、クマ!!」
「大丈夫だよ、まだ三徹目だし……」
「さんてつ……?」
「三日寝てないってことだ」
「……バカか?」
「大丈夫かい? アルコール入れる?」

抹本は、ほかの獄卒の声にちゃんと答える気がないらしい。また曖昧に笑うと、外套の中から、一本の瓶を取り出した。
抹本の瞳と同じく黄緑色をした液体の入った瓶で、なまえは、ああ、嫌な予感の正体は抹本先輩ではなくてこの瓶だと気付く。色の鮮やかさに反比例して禍々しい。抹本がわざわざ持ってくるのだから、新作の薬品であろうが、もしかしてこれは。

「これをみんなに、試して欲しくて……」
「……」

これには、ほかの獄卒もただ黙り込む。
抹本は、目の下にくっきり隈ができているのだが、本日の朝日のような清々しさで微笑んでいる。
そんな時、ふと田噛が平腹にシャベルを投げ渡す。
平原はパシリとそれを受け取るが、田噛の意図が掴めず、また「んーー??」と体を捻った。
田噛は言う。

「フルスイング」
「おおーーー!!!」

がたり、と立ち上がったのは斬島と谷裂で、慌てている佐疫に、他人事のように笑っている木舌。
だるそうに平腹に指示を出した田噛は、変わらずだるそうにしている。
なまえは、大体そんな、みんなの姿を最後に見た。
嫌な予感は最高潮で、もう確信の域であった。
が、モーションに入った平腹を止めるだけの力があるかと言われれば微妙だし、結局これを飲むことになるのなら壊してもらった方が良い気も。考えている間に。
ぱぁん、と弾けるような音が響く。飛び散るのはガラス片と液体。咄嗟であったが佐疫はなまえに手を伸ばし、自分の後ろへ引き寄せる。飛び散るガラス片がなまえを傷付けることは無かったが、霧散した緑の液体は空気に触れたことにより、あるいは強い衝撃を与えたことにより、煙となって食堂を包んだ。
とんだ無差別テロもあったものだ。
充満する煙はひどく目にしみる。
喉にも攻撃を与えてくる。
すっかり視界が奪われ、そのうちようやく視界が晴れる。
なまえの視界には、ごほごほと咳をする、田噛、谷裂、木舌、平腹、佐疫、そして、なまえが映る。なまえの視界に、なまえが映り込み、そして、斬島の姿は見えなかった。
さあ、と血の気が引くのがわかる。
これはまさか。もしかしなくても。
中身はなまえで、外見は斬島になっている、ということだろう。なまえ(斬島)は、隣に座っている田噛に、声をかける。

「田噛先輩」
「え……、俺、抹本だよ……?」
「そうでしたか、ならえーっと、木舌先輩?」
「俺のどこが木舌だ」

松本は田噛の外見をしていて、谷裂は木舌の外見をしている。
これは、事態は収集に至るのかと早速不安になっていると、ここまでの行動で、なまえは斬島になってしまっていると気付いたらしい獄卒が声をかける。

「なまえ?」

声も外見も谷裂であったが、気遣うような優しい問いかけ。彼は佐疫(谷裂)である。

「どういうことだ?」

訳が分からないとほぼ無表情に周囲を観察している獄卒は平腹の姿をしているが、中身は斬島である。

「あれ? なんでオレがいんの??? なんで???」

佐疫の姿でちょろちょろと斬島(平腹)の前を歩き回る、彼は平腹(佐疫)なのだろう。
なまえは停止しそうになる思考を蹴り飛ばしながらも前に進む。平腹(佐疫)以外は大体この展開を理解しはじめたようで、そうっと、ある一点に視線が集まる。

「これは大変だ」

諸悪の根源、ただの元凶。
抹本の姿になっている獄卒は朗らかに笑う、成程彼は木舌(抹本)である。
が、そうではなく。
その隣には、ただ自分の手のひらと胸のあたりをじっと見つめる女の獄卒がいる。
外見はなまえであるが、中身は、消去法で田噛であろうと考えられる。
田噛(なまえ)のもとに、なまえ(斬島)は駆け寄って。

「田噛先輩? どうしたんですか??」
「ああ……、大丈夫だ……」

口元だけでそう答えた田噛(なまえ)であるが、中身が田噛だとしても見たことのない顔をして、少し目が血走っているような気さえする。
そんなに居心地が悪いだろうかとなまえはもう一度声をかけるが、やはり気のない適当な返事が返ってくるのみであった。

「なるほど、こういう効果が……煙を浴びた人たちの中身が入れ替わる薬か……なにかに使えるかな……?」
「抹本…? 冷静に分析するのはいいけど、これはどうしたら元に戻るの?」
「え? ああ、えっと……、薬がきれれば元に戻ると思うよ?」
「何時頃きれるんですか?」
「どうだろうね、今日中には元に戻ると思うけど……」

今日中、と事態を飲み込んで深刻に考えている獄卒ほど、その言葉は重みを持って思考の中心に据えられる。
幸い大した仕事はない日であるが、それにしたって不便すぎる。各々俯いて色々と考えていたけれど、程なく全員顔を上げて、それぞれの顔を見合わせた。
沈黙が流れる。
どうするべきか?

「なーなー、なんでオレがいんの?」
「平腹先輩……、実は私達中身がぐちゃぐちゃに入れ替わっちゃったみたいで」
「斬島なんかなまえみたいな話し方だな!」
「中身はなまえなんです。ちなみに、平腹先輩は今佐疫先輩の姿になってますよ」
「すげー!!! ……なんで?」
「抹本先輩の薬が爆発したのを覚えてらっしゃいますか?」
「あー! したな! 爆発!」
「あれが原因です」
「なるほど! ありがとな、斬島ァ!」
「なまえです」
「………………ほ?」

外見が多少違ってもいつも通りである。
だが、多少全員の肩の力が抜けたらしい、入れ替わってしまったものは仕方が無いのだから、考えるべきはこの先をどうするか、ということである。
折角全員揃っているのだ、今日一日のことを話さない手はない。
はじめに口を開いたのはなまえであった。

「……任務がないのであれば、各々好きなように過ごして問題ないんじゃないですか?」

なまえは安心していた。
あの嫌な予感は、もっとひどいことが起こる前兆かもと考えていたけれど、大したことではない。
入れ替わるだけなら、今日一日をいつもとは違う目線で過ごす事になるだけのこと。
と、なまえは能天気に考えるが。

「正気か?」

谷裂(木舌)は渋い顔でなまえ(斬島)を睨む。

「うん……、俺もそれはどうかと思う」
「俺も、俺があの立場なら止めて欲しくないけど、俺じゃないからねえ」

なまえ(斬島)は、きょとんとほかの獄卒たちを見ていた。そんなに大きな問題があったのか、見逃していた。
どういうことだろうかと首を傾げるが、佐疫(谷裂)も、木舌(抹本)も言いづらそうに視線を泳がせる。
なまえ(斬島)が谷裂(木舌)をみると、彼は少しむっとした後、ある一点を指さした。
田噛(なまえ)。
つまりは、なまえの体の指さしたのである。

「あのね、なまえ……、入れ替わってから田噛が何を見てるのかわかる……?」
「なにって、床じゃないですか? ずっと下を向いてらっしゃるから……」
「いや、その、田噛が見てるのは床じゃなくて……」

欲望に負けたのか、あるいは好奇心に負けたのか、田噛(なまえ)は自分の胸のをむに、と掴む。
迅速に反応したのは、谷裂(木舌)と、佐疫(谷裂)である。なまえの体に彼らを振り払う力はなく、おとなしく二人に両腕を掴まれている。

「チッ……なんだよ」
「なんだよじゃないよ田噛! 今自分が何したかわかってる……?」
「触っただけだろ」
「この……! 触った場所が問題だろうが!」

なまえはああなるほど、と瞬きする。
自分ひとり女性だから気を遣ってもらっているのだ、と思い至り、しかしあと一歩で確信には届かない。
斬島(平腹)はどこからかロープを持ってきて、真剣に言う。

「縛り上げておくか」

谷裂(木舌)と、佐疫(谷裂)は頷いた。
なまえは思わず二人の方を見る。それはまずくないか?

「抹本、椅子をとってくれ」
「う、うん……」
「ちょっと、木舌……」
「なんだい?」
「どさくさに紛れてお前まで触ろうとするな」
「ええー?」

いや、抹本が中身であるせいで田噛の体は甲斐甲斐しく働いているし、珍しいものを見れたが、そうではなく。そうではなくだ。
気持ち的には田噛が不審な動きをしないように椅子に縛り付けているのだろうが、絵面的には、なまえが他獄卒に椅子に縛られている形になるわけであって……。

「そうだ、そもそも見えるからダメなのかも……」

佐疫(谷裂)はそっとアイマスクをなまえにかける。
なまえ(斬島)はただ彼らの様子を遠巻きに眺め、再び嫌な予感が蘇ってきた。こんなところを、そう、キリカやあやこならばまだいい。こんなところを、肋角、災藤あたりに見られた日には。

「……!」

なまえ(斬島)は彼らからそっと距離を取り、ひょいと窓から外に出た。
廊下を歩く足音が、二つ聞こえたからだった。
そして程なく、食堂のドアを開ける音。
その一瞬後に、空気が凍りついたのが、部屋の外にいるなまえ(斬島)にも分かった。

「何をしている?」

地獄から響いてくるような声に、なまえはただただ震え上がる。
管理長と副長から放たれる空気は尋常ではない。
獄卒たちは、ここに来てようやく絵面のまずさに気付いたらしい。
女ひとりを男が数人囲んで椅子に縛り上げる。ついでに目隠しまでしているなんて、誤解するなと言う方が無理である。
なまえ(斬島)は、そうっと部屋の外で事の顛末を聞いていた。みんなには申し訳ないことをした気がして、肋角、災藤、なまえ(田噛)が去った後に同じ窓から食堂に入り、ごろごろと床に倒れている彼らを体の方の部屋に戻し、自分もそっと斬島の部屋で自分の体に戻るのを待った。
なまえ(田噛)は、きっとうまくやっただろう、彼は頭が良い。
ふう、となまえ(斬島)は息を吐いて目を閉じる。
ああ、まったく、ひどいめにあった。


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20170210:通行人Aさま
この度はリクエストありがとうございました!
抹本さんの造った薬の試作品で入れ替わるお話、でした!
難しかったです!(笑)
下の方に実際に使ったメモを置いておくので何が何だかわからなくなったら参照して下さい…。私も何が何だかわからなくなりながら書きました…。
なにはともあれ楽しんで頂ければ幸いです!
それでは、ここまで読んでくださりありがとうございました!!

本体 外見
なまえ→斬島
斬島→平腹
平腹→佐疫
佐疫→谷裂
谷裂→木舌
木舌→抹本
抹本→田噛
田噛→なまえ

 

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