超感謝1周年!/肋角、災藤


街が賑やかになる時間まで、ゆっくりとコーヒーを飲みながら新聞を読む。
まるで夢のような一時に身を委ねながら、なまえはいつもこうして暖かい時間を過ごしていると、長年の夢が叶ったような尊い気分になるのであった。

「よし」

そろそろ時間だ。
新聞と空のカップを片付けて、廊下に出る。日差しが窓から差し込んでいて、鬼の住む場所だというのに清々しく明るかった。
軽い足取りで廊下を歩くなまえは、いつもの深い緑色の制服ではなく、寒空にポツリと点った灯りのようなふんわりとした私服を着ていた。

「おや、どこか行くのかい?」

この獄都で一番小さいであろう背中に声がかかる。
優しく落ち着いている声に、大体の見当をつけながら振り返る。
予想通り、体格は良く背は高いが、穏やかさを全身で体現する上司が、いっそ優雅に佇んでいた。

「おはようございます、災藤さん。今日は色々買い出しへ行こうかな、と」
「おはよう。そうではないかと思っていたよ。私もこれから少し外に用事があってね……。なまえさえ良ければ途中まで同行しても構わないかい?」
「はい、もちろん! あ、荷物持ちしますよ! 私のは大した用事じゃないので!」
「ふふ、ありがとう。でもそう気を遣わなくてもいいんだよ」

実の所、災藤の言う用事は、荷物が出るような用ではないし、時間になるまでなまえに同行しても構わないかというような意味合いであったのだけれど、なまえは拳を握りしめて気合を入れている。

「随分楽しそうだな」

ふわり、と彼がいつも身に纏う煙の匂いが気配を告げる。

「あ、肋角さん。おはようございます」
「ああ、おはよう。災藤もな」
「おはようございます、管理長殿」

肋角はカツカツと、音を立てて廊下を進むと、なまえの傍で足を止めた。
手入れされたなまえの髪をぐしゃぐしゃにしない程度に触れて、それからひと房を手に載せたあと、愛おしそうに指をすべらせた。すくわれた髪の束がぱらぱらと重力のもとへ戻っていく。
その間、燃えるような赤い瞳はなまえの丸い両目とぱちりと合ったまま。

「なまえ」
「あ、は、はい!?」
「俺の方も少し空きができた。付き合わせてくれるな?」

返答は決まっている。

「え、あ、はい! もちろんです!」

災藤はそのやりとりを、あからさまにではないが面白くなさそうに冷ややかな目で見ていた。災藤は肋角からなまえを奪い返すように、あくまで自然に肩を抱いて、ゆるりとこれ以上は許さないと牽制をかける。

「管理長殿……?」
「なまえは良いと言ったが……?」
「ええ。私も構いませんよ……? ではなまえ、行こうか」
「? はい」

なにか間違えただろうか。なまえは微かに首を傾げるが、見上げたふたりの上司は限りなくいつも通りであるように見えた。
災藤は穏やかに微笑んでいるし、肋角も微かに口元が緩んでいる。が、なまえは正体不明の圧を頭上に感じて、二人の間で小さくなっていた。

□ □ □

「何を買うんだい?」

なまえと、災藤、肋角は、その一角ではとにかく目立っていた。
災藤も肋角も、目立つことは特に気にならない様子だが、なまえは周囲の視線を、嫌がるというよりは言葉の通り気にしている。目にとまっている、と言う事実が落ち着かないらしい。
とは言え、こんな場所でなにか危険があるかと言われればそうではない。息を吐いて呼吸を整えて、ちらり、となまえは二人を見上げる。

「えっと、新色のチークと、それから適当に服とかを見に来たというかそんな感じで……、あの、すいません、わたしに付き合ってこんなところまで……」

本当のところ、災藤と肋角は「まあいいからなまえに付き添わせて欲しい」と半ば強引に付いてきたのだが、なまえはただ申し訳ない気持をそのまま口にした。
上司二人は、どこか幸福そうに笑う。
明らかに、なまえが困っているという事実から目を背ける為の笑顔であった。

「なまえが気にする必要はない」
「ああ、その通りだよ。ふむ、新作のコーナーはこっちかな?」

きらきらとした化粧品売り場に獄卒三人。
何故こんなことになったのか。なまえはただ自分の買い物のついでに、ちょっとそこまで、彼らに同行するだけのつもりだった。
それが何故、災藤は熱心に新色のチーク数種類を吟味しているのだろうか。

「なまえ、少しこっちへおいで」

手招きする災藤の、すぐ傍らに立ち止まる。
随分上の方にあると思っていた災藤の顔がやたらと近くて、少しだけ身を強張らせる。
小さく固まったなまえの、柔らかい両頬に災藤の指先が触れる。その動きは、触ると言うよりはなにかをつけるみたいで、実際、災藤の指には明るいオレンジ色のチークが適量つけられていた。

「この色なんてどうだい? いつもなまえが付けているのはもう少しピンクっぽいけれど、これもとても似合うよ……、肋角もそう思わないかい?」
「俺はそっちの赤も悪くないと思うが」
「おっと、そういうあからさまなのはよくありませんね」
「そうか?」

感想どころではなく驚いた。
なまえは慌てて近くの鏡を覗き込む。そう、店で少し試そうと思ってチークを付けてこなかったのだけれど、まさかこんな展開になろうとは。
鏡には、いつもとは少し印象の違う自分が映る。なるほどオレンジだとこうなるのか、少し活発な感じに見えるだろうか。
「大人しすぎる」と称される自分には、もしかしたら良い色かも知れない。
二人の上司を待たせていることもあって、なまえの決断は早かった。肋角は赤を推しているが、悩みだすと沼のようなものに足を取られる気配がした。

「ありがとうございます! 丁度持ってないし、これもありかなあって感じなのでこの色にします!」
「少しでも役に立てたならよかった。これは私がプレゼントしようかな」
「え、い、いやそんな、悪いですよ。嗜好品ですし、業務に必ずしも必要なものじゃないので、災藤さんに買ってもらうことなんか……」
「なまえ?」

にこり、と微笑む災藤には、有無を言わさぬ強さがある。
なまえは、ぐ、と言葉を飲み込んで、たしかに延々とこんなことを言い続けるよりは、ありがとう、と極上の笑顔で言えるのが良いに決まっている。
心の底から嬉しそうに、ではあるが、気遣いの残る控えめな笑顔でなまえは言った。

「ありがとうございます」

なまえはそうして展開について行くのが精一杯だが、上司二人の時間はたしかに限られているようで。

「さて、次は服か」
「ああ、あの、お二人共お時間とかは」
「まだ大丈夫だからそう心配することはないよ、さあ、服は向こうだね」
「今度は俺が見繕おう」
「貴方が?」
「ああ」

流石に管理長と副長である。合わせなければならないところはきっちりと合わせてくる。
なんとなく足早に、なまえを挟んで店の中を歩く。
なまえの手には小さな紙袋が握られていて、災藤は本当に自身が勧めたチークをなまえに買い与えていた。
ありがたくはあるが、なまえにはどうにも慣れない展開である。

「なまえ」

肋角の声に顔を上げる。
肋角は災藤と共に楽しげに、一着の服の前で、なまえが近くへ来るのを待っていた。

「あ、かわいいですね」
「着てみるといい」
「え、あ、そうですね、じゃあ」

自分のサイズのものをとって店員を捕まえる。なまえはどうにも流れに乗り切れずに足踏みをするが、それでもこの服がかわいいに間違いはないし、肋角が選んでくれたのなら無碍に断ると言う選択肢もないのであった。
スッキリとしたデザインでありながら、生地はふわふわと心地よい。明るい灰色のセーターだった。

「じゃあ、私達は楽しみに待っているからね」
「そ、そんなプレッシャーかけないで下さいよ……」

案内されるままに試着室に入る。
一瞬彼らの視界から離れたことにより気が抜けて、ふう、と肩の力を抜く。変に緊張している。
灰色のセーターに袖を通すと、思ったよりも体のラインがはっきりと出る。とは言え、とても柔らかい生地で作られているため全然気にならない。むしろ動きやすくて良いくらいだ。首元までしっかりと包まれて暖かい。
流石に管理長と副長、良いものは本能でわかるのかもしれない。
試着室のカーテンを開けると、二人の上司と目が合った。

「あ、思ったより恥ずかしいですねこれ……」

どうですか、とか言うべきであるのはわかるのだが、その言葉はまるで自分も含めてどうかと言っているようで羞恥を誘う。
なまえがくるくると視線をさ迷わせていると、やはり二人は至極幸福そうに微笑むのである。

「ああ、悪くないな」
「似合っているよ、なまえ」

なまえは二人の言葉を受け取って、どうにかこうにか一言礼を述べた。いつもの制服よりも、なまえの動きが細かくわかる。慌てて挙動が不審なだけだが、誘う様に程よく鍛えられた腰のあたりにに思わず手を伸ばしそうになる。
自分がそう思うということは、と肋角と災藤はお互いがお互いを制するように視線を交えた。
ぴり、と一瞬火花が散るが、自分から注目が解かれたことでなまえは少し落ち着いた。

「ありがとうございます、肋角さん。運命の出会いと思ってこれを買っておきますね」
「他にはいいのか?」
「はい、お付き合い頂いてありがとうございました」

試着室にくるりと戻って、さっと元の服に着替える。数分もかからなかったがなまえが試着室から出てくると、二人はなにやら難しい顔で話をしている。
時間を気にしているような素振りに、なまえはうっかり少し安心する。

「ああ、なまえ。私達はもうそろそろ時間だから仕事に戻るよ」
「はい、私も手伝いに戻りましょうか?」
「いや。今日は人手も足りている。ゆっくりして来い」
「うーん……、肋角さんがそうおっしゃるなら」
「それから、これは俺からだ」
「へ、」

少し大きめの紙袋が渡される。先ほどのセーターに、何やらほかにも服が入っている。なまえは一瞬福袋を彷彿とするがそんな場合ではなく。

「いやあの、でも、」
「私が選んだものも入っているからね、気に入るといいんだけれど」
「え、そ、それは、」
「災藤」
「はいはい、わかっているよ。ではね、なまえ」
「あまり気にするな」
「……」

何を言っても無駄。流れのままに彼らは離脱しようとしているし、なまえはこの流れを止めるための言葉を持っていない。
けれど伝えなければならない言葉ははっきりとわかる。
深々と頭を下げて、驚きとか嬉しさとかちょっと強引なんじゃないかとかそんな気持ちも隠せないまま。

「ありがとうございます、大切にします」

程なく彼らは去っていって、なまえが一人残される。
そうしてようやく、二つの紙袋に視線を落とす。
自分は今日一切お金を払わずに良い思いをしすぎではないだろうか。一応予算とかもあったのに。
なにかその分良いものでも食べようかと思ったが、その分でみんなに土産でも買っていこうと決めて、決めるとなまえは、肋角と災藤の気持ちが少しだけわかるような気がするのだった。
大切な人になにかをプレゼントすると言うのは、良いものだ。

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20170203:ゆりさま!
この度は企画に参加いただきましてありがとうございます! 獄都事変シリーズものの主人公は好き勝手やっている(ように見えて好きに周りに流されている)ので、私も好みを把握しきれません……。
強いて言うのならほかの人に良いと思ってもらえれば彼女的にはそれで充分好きたり得るのではなかろうかと……。
肋角さん、災藤さんと買い物に行ってもらいました……、楽しんでいただけていたら幸いです!!!
では、この度は本当にありがとうございました!
本編の方もまだまだよろしくお願い致します。

 

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