超感謝1周年!/金属バット


なまえは、真冬だって言うのに常に春の新芽のような柔らかさを纏っていた。
実際その印象に違わず草花が好きなようで、朝や昼、夜に学校の花壇、畑に水をやっている姿をよく見かける。部活動の一貫なのか、それとも委員会の一貫なのか放課後せっせと雑草を抜く姿も見たことがある。
大人しくて目立つタイプではないけれど、自然と人から頼られる強さと優しさが滲み出すのがなまえであった。
時折クラスで見せる控えめな笑顔は桜か何かと見まごうし、決してうるさくない水のせせらぎのような自然な声はいつまでだって聞いていられる。
俺は、名前の笑顔も声も一心に向けられる草花がただただ羨ましいとおも……いやいや、まあ、これは少し言いすぎだ。そこまでじゃない。そこまでじゃないぞ!!
ともかく、今朝もなまえは一人早く学校へ来て花に水をやっているのであった。

「……………………」

それで俺は、そんななまえの後方数メートルのところで、何をしているかと言えば。
喉のあたりで言葉を確認する。簡単なことだ。例えば、いつも早いな、とか、おはようとか。いい天気だな、とか。えーっとあとはほら、おはよう、とかそんな感じの言葉。
何だっていいのだ。クラスメイトに話しかけるだけなのに、どうしてこんなに悩まなければならないのだろう。
今日こそはなにか声をかけると決めてきた。だから話しかけないという選択肢はない。俺も男だ。これと決めたら声くらいかける。
S級ヒーローがクラスメイトに挨拶もできないなんて笑い話も良いところ。さっきから、心は一歩踏み出しているつもりだが、実際足は動いていない。

「っ」

とりあえず一歩だ。とりあえず。とりあえず! いい加減動けよこのバカが!
と、自身を鼓舞する言葉は強めなのに、いざ踏み出した足はやたらとゆっくりとした動きで数センチだけ前に出た。
音もしないような抜き足差し足で、なんなんだ俺は一体なまえに何を仕掛けようとしているんだ。
情けなさに頭を抱えるが、こんな奴の頭を抱える意味があるのか。どうせ抱えるのならなまえのことを抱えたいと思うってそうじゃなくて。
妄想だけは立派なものだ。

「え」

その声は俺のものでは無い。
なまえは水やりが終わったらしくこちらを振り向いて、ぽかんとしていた。
俺がこんな時間にここで立ち止まっている理由がわからないと言う顔だ。
俺にもよくわからないが、気付いたのなら、こちらを通って教室へ行くはずである。
なまえはほどなくはっとして、スコップや軍手を拾い上げ、慣れた手つきでホースを巻いて片付けた。
と思ったら、なまえは俺とは逆方向へそそくさと歩いていってしまった。

「……」

声をかける暇もなく、高い体温のせいで今まで気にもならなかった寒さが、突然体を貫いた。
こうなったら昼だと、昼休みもまた同じ場所で無駄に葛藤しながらなまえに近づく。

「よう」

声をかけると、なまえはびくりと震えて、弾けるように振り返った。「っ」と小さく息を呑む音。まるで怪人か何かを見たような驚き様に、なんだか申し訳なくなった。

「あー、その、よ」

よし声はかけた、そうしたらもう少し近付いて……。

「ごめん!」

近づく前になまえはまた俺とは反対方向に走り出す。

「え」

俺はしばらくその場に立ち尽くし、何が起こったのか考えていた。おかしい、確かになまえは大人しいけれど、誰とでもちゃんと話をしているじゃないか。あれ? どうして俺は避けられているんだろうか。って言うか、え? 避けられているのか? 一体なぜ……。
ついには何かぶつぶつと声まで出していたらしい、偶然通りかかったクラスメイトが「なにあれ怖い……」とこっそり言ったのは聞こえていた……、はっ!? そういうことか!!

「……怖がられてんのか!」

確かにとっつきやすい好青年かと言われればそうではないし、いつも穴が開くかも知れないと言うくらいには見ていた。もしかしたら、睨んでいるように見えていたかもしれないことに気付いてしまって、俺は冷えきった両手で頭を抱えた。
それからは、怖がられないためにはどうするべきかと考えた。
考えたが、知らないものを怖いと思うのは人間として当然のことで、まず話をしてみないことには始まらないと、やはり声をかけることにする。
放課後、草花の手入れをするなまえの背後、今度は割合にすぐなまえの近くへ歩いていけた。三度目の正直。これが俺の実力だ。

「よう」
「!!!」
「そんな風に怖がるんじゃねーよ!」
「ご、ごめん!」
「あ、いや……、別に、怒ってるとかじゃねーよ。ただ、俺は、ほら、あれだよ、あれ」
「ごめんね……?」
「なんで謝ってんだよ」
「だ、だって、いつも睨んでるみたいなのは、私が気に入らないからでは……?」
「ちが」
「ごめん、さっさと終わらせて視界から消えるから」
「おい」
「ほんとごめんね! ヒーローお疲れ様です!」
「待てって!」

また走り去ろうとしたなまえの腕を今度は掴む。
怖がらせたのは謝るし、見ていたのも気に入らないからじゃない。気に入らないものなんて、わざわざ視界に入れるわけがないし、こうやって話しかけに来たりするはずもないだろうがわかれよ。
ああもうとにかくそうじゃないことを伝えなければ。えーっと、なんだ、それで、まずは。

「違う」

そう、違う。
次に。

「あいさつ、」

はあ? 俺は何を言ってんだ。毎日挨拶くらいしたいって欲望を今出してどうする? あ、いや、もしかしたらこれで誤解が解けるかもしれない。
挨拶がしたい。ほら、気に入らないやつに挨拶したいなんて言うか? 言わないだろーが。

「……挨拶……」

なまえは真っ青な顔で呟いた。
また、うまく伝わらなかった予感がする。おかしいだろ、いや、俺は一言も「挨拶くらいしろよ俺を誰だと思ってんだ?」とか言ってない。
だからそんなに、そっと俺から離れて、深々と頭を下げるんじゃない。そうじゃねえ……。

「さようなら……本日もお疲れ様でした……」
「違う、頼むから俺の話を聞け」

五分だけでもいい。

「ご、めん……」

とうとう泣きそうな顔でそう言うなまえに俺はすっかり言葉を失って、数秒後に極力優しく、「また明日な」と同じく泣きそうになりながらなまえに背を向けるのだった。
前進したはずが、オウンゴールでも決めたみたいな気分である。


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20170125:クラウドさま!
この度は企画にご参加くださりありがとうございます! 二回目のリクエストと言うことで重ね重ね有難い限りです。
金属バットくんに全力で片想いさせましたが如何でしたでしょうか。うちの金属バッドくんは軒並み片想いをしている気が致しますね…気のせいでしょうか…???
何はともあれ楽しんでいただけていたら嬉しいです。
リクエストありがとうございました! もしありましたら三回目も、またよろしくお願い致します!!

 

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