20220703リクエスト(ブチャラティ)


 ワインとチーズ、それからハムを手土産に「一杯やらないか」と家に来た。アポなし。阿呆なのではとブチャラティさんの顔をまじまじと見上げてしまう。ニコリと笑顔で圧力をかけられる。その顔をしたらなんでも通ると思っていないか。何も見なかったと自分に言い聞かせて扉を閉めようとしたが、無理矢理開けられて許可する前にあがり込んで来た。こんなことが恒例になってしまっている。
「夕飯は? もう食べたか?」
「まあ、はい」
「なら丁度よかったな」
 そうだろうか。彼はテーブルの上に持って来たものを置いて、食器棚から勝手にワイングラスを取り出して座る。
「どうした? 君も座るといい」
 このエネルギーに抗うだけのパワーがない。そして、思い浮かぶのは放置してもいい理由ばかりだ。今までなにもなかった。満足したら帰っていく。吐き気がするほど嫌いというわけでもない。たぶん、美味しいワインだ。
「お返しできませんよ」
「ハハハ!」
「なんで笑うんです……」
「いや、なんでもない。楽しいと思っただけだぜ」
 なにが面白かったのかわからないが、ブチャラティさんは上機嫌に笑いながら「乾杯」と言った。私はしばらくワイングラスを回して飲むのを躊躇っていたが、結局口をつけた。飲み込んだ瞬間に彼は言う。
「ところで、来週末あたりにここに泊まらせて貰おうと思っているんだが」
 むせた。酒でむせるなんて最悪だ。げほげほやっているとこちらへ寄って来ようとするので手で制する。制したはずだが、上げた手をそっと掴まれて結局背中を撫でられた。落ち着いてくると正面の席に戻り、彼は続ける。
「夕飯はどうするのがいいかと思ってな、君の希望を聞きたい」
「ま、待って下さい。一体何故、私が許可する前提で話を?」
「ワインを飲んだだろう。面倒だからと何を確認することもなく」
「同じもの買って返しますよ」
「必要ない。泊めてもらうからな」
「いやいやいや」
「オレは、部屋の設備を傷付けずに、夜中、君が寝ているベッドに忍び込む、ということもできる」
 そんなことが。とは思うが、この男ならやれそうで頭を抱える。許可しておけば朝驚いて飛び起きる必要もない。許可しなければ常にこの男の影に怯えることになる。
「それだけはやめて下さい。下手したらビックリしすぎて死ぬ」
「ああ。賢明な判断だ」
「なん、いや、もういいです」
 彼の意のままに誘導されているようにしか思えない。包丁を振り回してでも許可しないほうがいいような気もする。ただ、これだけは言っておかなければならない。私は髪に触れようとしていたブチャラティさんの手を避けながら言う。
「もういいですけど、私はブチャラティさんとどうこうなる気ないですからね」
「そうか。もうこの程度では困って真っ赤になってくれないんだな」
「意思表示が大事だということを教えて下さった方がいて」
「君にとって大事な人なんだろうな」
 なにもかもわかっているという顔でブチャラティさんは頷いた。わかっていながらやっているのが、この男の恐ろしいところである。
「なんでもいいですけど、ほどほどにして下さいよ」
「ああ。君も、おあずけもほどほどにしてくれ」
「もう一回言いますけど、私、ブチャラティさんとどうこうなる気、ないですからね」
「どうかな。君のその言葉は今のところは、という意味だし、何よりも、オレには君がこんなにわかりやすい好意を無碍にできる人間には見えない」
 彼の手から避け続けていたが、ついに捕まって手を掴まれる。
「強く拒絶する理由がなければ、君はその内諦めてくれるだろうな」
 指を絡められて、愛おしそうに撫でられる。捕まった後はこれでもかというくらいに丁寧にされて、毒薬でも流し込まれているような気分だ。なんでも許してくれそうなそれに縋りそうになったことは、一度や二度ではない。が。
「ほら、あの、なんかこう、運命的な一目惚れとかをするかもしれないじゃないですか」
「俺以外の相手に?」
 そんなことはあり得ないという顔をしているくせに、どこか不安気に首を傾げられる。「う」一瞬くらりとするが、人間は慣れる生き物だ。そうそう彼の顔面の圧力に負けることもなくなっている。どうにか「そう!」と、答える。
「だったとしても、君はオレの気持ちを見ているからな。オレと別れるにしても苦労するだろうさ」
「付き合ってねえですけど」
「ここまで許しているんだ。あとは時間の問題だろう」
 もういいか。と諦めて、彼と恋人をする覚悟。もしかしたら、一生を共に過ごす覚悟。そんな大層な覚悟が一般人にできると思わないで欲しい。ただ、こういった問答が億劫なのも事実だった。ブローノ・ブチャラティという男は、本当は、私の返事などどうでもいいのかもしれない。そんなに難しくは考えていなくて、ただ私が「わかった」と一言言いさえしたらそれでいいのかも。いや、それは、そんな無責任なことが。しかし、こんな無茶苦茶な男にこちらがなにか義理や責任を感じる必要が。果たしてあるか。飲み込んだワインはやけに重い。
「もう面倒くさくなってきたなあ」
「ン? 折れてくれるのか?」
 ブチャラティさんはすっと両手を広げた。そこはきっと素晴らしい場所なのだろうけれど、私がそこへ飛び込んでいくのは違うのではと思えてならない。諦めて飛び込むことになるのかもしれないが、今はそれでは納得できない。
「いや、もうちょっと抵抗させて貰います」
 本当になんとも癪ではあるが、私がこの人を好きであることは間違いない。だからこそ、『そこ』に街ごと抱えてもらってもいいものかと疑問を感じているわけだ。これはもうほとんど答えなのでは。私は隠れて溜息を吐く。
「いいだろう。望むところだ」
 自信満々な笑顔が大変に眩しい。


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20220907:リクエストありがとうございました! 強気に攻めるブチャラティでした!

 

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