祝20万記念(27)
俺には無理だと、見ないフリをしていた。わかっていたが、わからないフリをしていた。それでも、その視線が心地よかったのだと、今はわかる。その特別な気持ちを、当然と受け止めて、その上に胡坐をかいていたのだと、もう気付いた。もうずっと前から無理だった。俺は随分昔から、その気持ちの上で生きてきた。
「じゃあ、そうだなあ。お盆と正月くらいには帰ってくるから」
なまえはもうすっかり、俺への気持ちなど跡形もないみたいに笑う。「ああ」と、俺は何を言われても最低限の、そんな愛想のない返事しかできないでいた。なまえはそんな俺に慣れきっていてさして気にした様子もない。「良いお土産を持って来ないと」と、やはり、笑うばかりで。
「じゃあそろそろ行くよ」
左手の薬指に、指輪がはまっている。
なまえに、様子のおかしかった時期があった。俺に何かを言いかけてやめる。俺も何が起きているのか聞きだそうとしてやめる。というのを交互に繰り返していた。結局何も聞くことはなくて。あの日に、何か聞くことができていたら、何かが変わったのだろうか。なまえは俺を諦めないでくれたのだろうか。考えたってしょうがないが、考えてしまう。「なまえ」俺はやっとの思いで名前を呼んだ。「なまえ、」今日を逃せば、次は――「紅」確かな意志をもって堰き止められた。
「私、紅のこと、好きだったよ」
過去形にされてしまった想いを投げつけられた。そのせいで、言葉にしようとしていたことが全部どこかへ飛び去ってしまった。結局、いつもの気の利かない返事をする。
「ああ」
その気持ちを、お前はここに置いて行くんだな。持って行ってはくれないのだと、勝手に絶望して、自分の身勝手さ加減に嫌気が差した。腹の底で誰かが叫ぶ。今からだって遅くはないはずだ。あんなに好いてくれていたのに。俺以外はどうだっていいって顔してたくせに。そんなに簡単に、俺のことを諦めるのか。どうしてもっと必死になってくれなかったのか。――あまりに勝手だ。
「さよなら、紅」
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20201107
あ〜やんさんから『届かなくなって(誰かと結婚でも遠くに行ってしまったでも死ネタでもなんでも大丈夫です)から初めて自分が夢主のことを好きだったことに気付く話』でした!ありがとうございました!