超感謝1周年!/ソニック


監禁生活、三日目の昼。
足元の鎖がじゃらりと音を立てて大蛇のように床を這う。
彼の執念が形として具現化したにしては華奢な鎖だった。部屋も、ホテルなのかマンションなのか、とにかく上の方で、それはそれは夜景が綺麗な部屋である。
泣いても喚いても帰してもらうことは適わない。ここ二日でそう諦めて、変に彼を刺激するのはやめにした。帰ることそのものを諦めた訳では無い。どうしたものかと窓から外を眺めていると不意に声が掛かる。

「俺がお前について知っていることは、実を言うとあまりない」

しょうがないから、そっと振り返る。
私はと言えばこの男のことを名前くらいしか知らない。初めて顔を合わせたのは三日前で、「俺は最速最強の忍者、音速のソニック」「え、あ、はあ、どうも」「行くぞ、なまえ」「え?」というわけで、気付いたらこの部屋のベッドで眠っていた。
なんだか知らないがきっとこの男は大概な変態で、運が悪いことに私はその変質者に目をつけられてしまったということらしい。
音速のソニックは、私のすぐ側にしゃがみ込んだ。

「せいぜい、名前と生年月日、家族構成、勤め先、利き手、月に一度エステに通って、月曜と金曜は定時で帰ってくることが多いこと。昼は一人でいて、あまり他人とかかわり合いになるのが好きではない、特に会社の人間関係に深入りしたくないと思っていること。木曜は毎週カレーの日、爪を切るのは左手から、あとは贔屓にしている日用品のメーカー、服の趣味、よく飲んでいる飲み物、月の収支のだいたい……まあ、この程度のものだが」

恋人だってそんなことまで知らないだろう。
あいにく私に恋人はいないが、恐る恐る私は私の腕を触るとそれはもうすばらしい鳥肌がたっていて、触っていて気持ち悪くなるくらいであった。
そんなことは気にもならないようで、ソニックは私の両手をすくい上げて得意気だ。

「ちゃんと声を聞いたことがない」

俺に向かって話をしたことは、まだないだろう。
馬鹿かこの男は。
私は全力で溜息をつきそうになる全身をどうにか抑えて、声を出す。

「こんなふうに捕まえたら、そうやって知った私は緩やかに死んでいくと思うけれど」

ソニックはただ静かに、当然のように微笑んで私の両手のひらをぺたりと自らの頬に貼り付けた。
見つめる整った顔が少し赤い。
興奮を抑えるように、熱い息を吐いてからどこを見ているのかわからない真っ直ぐさで私を見据えた。

「おかしなことを言う。俺がお前を殺すはずがないだろう? それにやはり、俺がなまえについて知っていることはあまりにも少ない」
「……」

背筋が冷たいのは名前を呼ばれたせいだ。
粘着質な執着と、こぼれる熱とが同居した、あまりにも情熱的な響きを持って私に届く。
まるで自分の名前ではないかのようだが、それは確かに私を示す固有名詞で、私は彼を理解できない。
私は死ぬ気は無い。
だが外へ逃げた私は、今までと同じ私ではない。
きっと同じ生活は送れない。
みんなは、どうしているのだろうか。
瞬間よぎる嫌な予感を押し殺す。余計なことは言いたくない。私はいつかきっと逃げ出す。

「見ていただけだ。だからお前の頬の感触も最近ようやく知ることができたし、手は、思っていたよりずっと華奢で驚いている。実際に色々なことを聞いてみたい。なまえの言葉を声として。観察だけでは知りえないお前のことをただ知っていてやりたいと、俺は常々考えていた。ああ、それから、ここに連れてきてから新しい発見もあった。観察しているといつも忙しそうにしていたが、そうやって窓の外をただぼうっと眺めるお前は」

方向を間違った誠実さでもって、音速のソニックは至極幸せそうに、私を、捉える。

「美しい」

恍惚と、と言うよりは本当に幸せそうにただそう言った。もちろん私は喜んだり嬉しかったりはしないけれど圧倒はされる。
私にとって理不尽でしかない激情に押しつぶされそうになった。

「貴方は、なにがしたいの?」

そこに心があるとわかると、逃げ出そうと必死な思考が少々鈍くなる。
彼のことは理解できない。ただ、その心は確かにこちらを見ていて、私という人間に必死で手を伸ばしている。
監禁、誘拐、病的な執着。
足元がまるで沼のようだ。

「俺が一番なまえを、知って、理解して、愛しているならそれでいい」

まるで宝物でも触るみたいに私の手をそっと下ろして、この世のものでは無いなにかに手を伸ばすみたいにそろりとソニックの両手が肩に触れた。

「お前の混乱も戸惑いもわかるが、俺はお前を離す気は無い」

私はソニックから触れられるのを拒否する暇もなく、ただ圧倒されている。
絶望のような大きさの壁が、ゆっくりこちらに倒れてくるような、ただ確実に無事では済まないことだけわかる。スケールが大きすぎて全貌が見えない。この男の言葉はどこから来るのだろう。

「真っ当な恋人では全てを知ることは出来ないだろう。ただの友人でもダメだ。精神のことも体のことも全てを知るにはこれしかない」

私を抱きすくめる腕はぎこちなく、私は相変わらず言葉を失っていた。

「これなら、全部わかってやれる」

ピントがずれつつ的を射て、病んでいるからこその周りの見えない一言は、まるで純愛のようだった。


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20170119:低速女子さま
リクエストありがとうございました! ヤンデレソニック監禁モノはこんな感じになりました。
ヤンデレ感というかどうにも通常運転な気がしますがなんとかお許しくださればと思います……。
この度は企画にご参加いただき本当にありがとうございました! またよろしくお願い致します!!!

 

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