祝20万記念(17)


話に夢中になって、遅くなってしまった。
ここからまだ事務の仕事と、晩御飯の支度をしなければいけないのに。
最近どうにも過保護気味な紅丸さんは私に「暗い道を通るな」だとか「一人になるな」だとか、いろいろ言いつけるので、私は彼が安心ならばとそれを守りたいと思うのだけれど、なかなかそうも言っていられない時がある。
けど、そういう時に、事件は起こるのだ。

「よう」

近い道だからと人通りの少ない路地に入った。彼の浅草だから滅多なことはないはずだ。だから、長く、気配を探るだとか、気を配るだとか、そういうことをしていなかった。いくら安心だからって、自分の身くらいは自分で守らなければならないのに。忘れてしまっていた。
それは、知っている声だった。
私はびくりと震えて振り返る。

「……52」
「ジョーカーだ。相変わらず物覚えが悪ィな」

「ジョーカー」と言い直す。眼を合わせているのがつらくて俯いた。私が彼を「52」と呼びたくなるのは、祈り、のようなものだと思う。あの時みたいに、普通に話ができたら、といつも思っていたせいで、ジョーカーと呼ぶのにためらいがある。新しい彼を認めてしまいたくない。私くらいは、覚えて居たっていいんじゃないか。

「俺から逃げて、随分楽しそうにやってるじゃねェか」
「楽しい、ですよ」
「気に入らねェな」

びく、と震えて後退する。「気に入らねェ」と彼が言う時、大抵ひどいめにあって来た。なにが、どうして、一体いつから。私は大切にしてもらっていたはずなのに、ある時から、彼との距離は開くばかりで。

「一人だけぬくぬくと暮らして、お前はそんな自分を許せるのか?」

逃げたい。逃げ出したい。あの日のように。いなくなってしまえたらいいのに。でも、私は涙を流すばかりで何かを伝えることも聞くこともできない。お互いに勝手なのだということはわかる。彼には彼の考えや事情があり、私は私で、時間が空けば、きっと、いつか、また、昔のように。
――私が幸せであることを、喜んでくれるかもしれない。
そんな夢を、勝手に、みていた。

「なまえ!」

夢と現実との間でふわふわとしていた私を、強く呼ぶ声が引き戻した。ハッとして、紅丸さんに手を伸ばす。彼もこちらに手を伸ばしてくれていて、私を腕のなかに迎え入れてくれた。

すぐ後ろで、私を掴もうとした手がもう一本あったことには、気付くことができなかった。


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20201107
みかんさんから『第七事務雑務担当夢主の続きか、もしジョーカーと出会ったら』でした!この話正式に続けるつもりなので予告編みたいな感じで…これはこんなもんで勘弁してください…ありがとうございました!


 

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