祝20万記念(12)
「なまえは?」まず、リヒトにそう聞いた。怪我をしたらしいが元気にしているのか。リヒトは「なまえはまだちょっと本調子じゃないんすよ」なんて笑っていたが、何か隠しているのは見ればすぐにわかった。打ち上げにも顔を見せなかった。しかし、退院したのはシンラよりもずっと早かったのだと言う。他の奴に聞けばしっかり業務に戻っている、とも言っていた。となると、一体自分は何を隠されているのか。いや、隠す、ということは知られると都合が悪いと、そういうことだろう。
俺はこっそりなまえの自室へ行き、強めにノックをする。
「なまえ?」
「……ああ、新門大隊長。どうしたんですか?」
目を合わせるなり、なるほど、と思う。
これは確かに本調子ではなさそうだ。いつも通りに見えるのだが、全然いつも通りではない。俺はなまえの瞳を覗き込む。眼に致命的な怪我をしてしまったから濁っているというわけではなさそうだ。
「見舞だ。饅頭食うか」
「わざわざありがとうございます。頂きます」
「……」
「なにか?」
「いいや」
俺に対する警戒心がどこかへ行ってしまっている。少し前まで必死に作っていた壁のようなものがない。俺は悪く笑ってしまいそうになるのを必死に耐えてじっとなまえを観察する。
「調子、悪ィのか?」
「たまにぼうっとする程度で、他には特に」
「脳に直接ダメージを受けたんだったか」
「はい。だから、まだ余波で、ぼうっとすることもあるって、リヒトくんが」
その内治るから大丈夫だよ、とリヒトくんが言ったので、多分、その内治るんだと思います。淡々と、驚くほどに抑揚のない声でそう言った。自分のことに興味も関心もないという声だ。いや、それどころか、何に対しても上手く意識を向けられない、そんな感じだった。
リヒトは言わなかったが、なまえは、なにか、大切なことを忘れている。
その、大事なもんってのは、なあ、なまえ。
「まあ、大した怪我じゃねェならなによりだ」
「はい。ありがとうございます」
もし、こいつにとって一番大事だったものを忘れているというのなら、俺にとっては、好都合だ。この隙に。そう、おそらく、俺が入り込めるとしたら、この隙しかねェ。
「なあ、髪、いじってやろうか」
出来上がりには、特別な簪もさしてやる。
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20201107
狛犬太さまから『ジョーカーの貴方と[]を語るまでの続き』でした!015.5話のイメージで…。