超感謝1周年!/ベクター


一月も半ばに差し掛かりだんだんと年末年始の記憶が日常と同化していく。
すっかりもう次の長期休みのことを考えたくなる最近だが、土曜日に、少し遠出をしないかとベクターに誘われた。
待ち合わせ時間は午前八時と少し早めだったから、大丈夫かなとは思っていた。
私は五分前くらいに待ち合わせの駅に着いていたのだけれど、案の定あまり朝に強くない彼から連絡があった。

『悪い、遅れる』

十分、いや、二十分と言ったところだろうか。
まあある程度予想していたことで、駅にいくつか備えつけられたベンチに座って、持ってきていた本を開いた。
人が行ったり来たりするけれど、私は割合に真剣に本を読んでいて、いちいち見上げて確認したりはしなかった。電車は、2本ほど見送っただろうか。
そのうち、本と私に影が落ちる。
見上げれば、肩で息をするベクターの、少し潤んだアメジストの様な目がじっとこちらを見下ろしていた。あまり自分の心を人に話すのが得意ではない彼であるが、その瞳を覗くとわかることも多い。

「……大丈夫?」
「……ああ」

私は本をしまって立ち上がる。
ベクターははあ、と熱い息を吐いて、そうっと私の手を取った。私の少し冷たくなった指先に触れて一瞬、苦々しく眉を寄せた。こんなことは大したことじゃないからと言う代わりにそっと握り返す。
ベクターの後ろにちらりと時計が見える。八時二十分。なるほど時間通りである。予測が的中したことが少し面白くて控えめに笑うと、ベクターは理解できないと目を開いて、面白くなさそうに「なんだァ?」と言う。私はただ「なんでもないよ」と歩き出した。

「今日行く駅のそばにある、ジェラートのお店が美味しいんだって」
「真冬にアイスかよ……寒すぎるだろ……」
「んー、そうだねえ、食べたい気もするんだけど、寒いからねー……」

ぼんやりと行き先のない会話を交わして、改札を抜けると適当なところで立ち止まる。時刻表ではもうそろそろアナウンスが聞こえてきてもよさそうだけれど、そのまま二分が経過した。

「遅え」
「ま、まあほら、五分くらいなら全然、ね?」

私の声のすぐあとに、そこら中のスピーカーからザザ、とノイズが聞こえてくる。
すぐあとに、男性の声で電車の遅延が報じられた。
ちらりとベクターを盗み見ると、目に見えてむすりとして立っていた。

『ただ今、二十分ほど遅れてー、』

私たちが声を出さなくても、周りにいた家族連れや恋人たち、学生達がざわりとどよめく。
ベクターは大きくため息を吐いた。

「二十分って結構すぐだから、たぶん大丈夫だよ」
「そういう事じゃねえだろ」

能天気に笑って見せたが、ベクターは繋いでいない方の手を自らの額のあたりに持っていく。
ベクターの言わんとすることは何となく分かるのだけれど、負けじと「まあまあ」なんて手を引いてへらへら笑うと、その内にベクターも、諦めたように線路側へ向き直った。
きっと、時間通りに合流していてこれならば、「しょうがねえから許してやるよォ」なんて笑うことも出来たのだろうが、どうにもうまい言葉が思い付かずに黙っているベクターの手をゆらゆらと揺らして遊んでいた。
力なくされるがままになっているベクターの手の動きが面白い。

「……」

そろそろ二十分が経過しようという時、きょろきょろと周囲を見渡す。
二十分も遅れると、まあこうなることはわかっていた。ホームに見慣れないくらい人がいる。
間もなく到着するとのアナウンスの後に、遠くから電車の音が聞こえて来る。やっとか、と呟いたのはベクターだった。
扉が開くと波のように車内へ流れ込み、割合に前の方にいた私たちはそのまま押されて、私は反対側の扉に体の後ろの面がほとんど当たっていた。前面にはベクターがいて、なんとか空間を作ろうとしてくれたようだが無理だったらしく、あえなくべしゃりと潰れるように重なった。

「平気?」
「…………」
「え、やばそう? 次頑張って降りる?」
「あ? お前が降りたいなら降りてやってもいいんだぜ?」
「……んん、なんとか大丈夫そう、かな?」

ベクターを見上げることもできないのだけれど、なんだか複雑そうな表情をしている気がする。
それからは目的の駅につくまでじっと黙っていた。じわじわと汗が出て、厚着をしているせいで夏とは違う暑さへの不快感が募っていく。

「あっつ……」

と頭上から聞こえて、扉を背にしている私でさえ暑いのだから、人と人に挟まれているベクターはもっと暑いのだろう。
色々なものに押しつぶされて、指先が少し動く程度。悲鳴のような呟きに、私は、「頑張ろう」と彼の肩を叩くことも出来はしないのだった。

「……」

そこから目的の駅まで三十分ほど。
私たちはただ無言でこの暑さに耐えていた。
目的の駅に着くと、はじかれるように外に出て、ふらふらと改札を抜けて息を吐く。
ベクターはぱたぱたと服を団扇のかわりにしていたが、私はそうそう服の胸元あたりを持ち上げることは出来ない。
なにか飲もうか、ちらりと自動販売機を見るけれど、そう言えばこの灼熱の三十分に突入する前、とても涼しくなることを話していたなと思い出す。

「駅のそばにある、ジェラートのお店が美味しいんだって」

ほんの少し外を歩けばきっとすぐに今は冬だったと思い出すことが出来るのだろうけれど、こういう時のアイスほど美味しいものは無い。
冬に汗をかいて、外でアイスを食べても全然寒くなくて。むしろ気持ちがいいなんてすごい贅沢だ。
にこりと笑うと、ベクターは数度私の頭を撫でた。

「……」
「どうかした?」
「怒ってもいいんだぜ」
「なんで?」

なんでじゃねえよ。
ベクターは言うが、怒るような理由は見当たらなくて首を傾げる。しばらく、ベクターの言葉を待っていたが私があまりにも能天気なせいで話の終着点を見失ってしまったらしかった。
汗をかいたせいでしっとりと濡れた手のひらを合わせて、私の気持ちはきっと伝わる。

「行こ。実は最近アイスが食べたくてしょうがなかったから、うれしい」

ただでさえ赤い頬が、余計に赤く。
ただでさえ熱い体が、余計に熱く。
ベクターは私の頭を小突くと歩き出す。
ぱたぱたと後ろをついていくと、ちらりとベクターはこちらを見て、そうしてひどく邪気のない笑顔で言ったのだ。

「俺もだよ。バァーカ」

ああ、やっと笑ってくれたね。


--------
20170117:9尺さま
はじめまして、管理人のあさりです。1周年リクエスト企画に参加いただきまして、誠にありがとうございます!「ベクターと冬にアイスを食べる話」でした! ベクターと冬にアイスを食べに行く話になっている気がして仕方が無いのですが、冬に外でアイスを食べるのに一番幸せな状況を考えたらこういう感じになりました。すいません…。
楽しんでいただけましたら幸いです。
そして、感想をありがとうございます!!! ベクターはとても好きなので幸せになってもらえたらいいなと思っております…、まだ、数は少ないのですが今後また書かせて頂きますので気長にお待ちくださいませ…!
これからも精進努力で元気に頑張っていきます! 心の温まる感想をお送りくださり本当にありがとうございました。





 

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -