祝20万記念(04)


「どうして逃げるんだ」
「……っ」

この黄色い目を見ると、息ができなくなってしまう。私は引きつった短い悲鳴を上げて黒野さんとは逆側に逃げようとしたが、音速で回り込まれてしまった。もう一度反転する前に、がしりと腕を掴まれて逃げられなくなる。
身体から変な汗が出て来るし、なんなら震えが止まらない。

「なまえ。今日こそ俺と結婚しないか」

ぶんぶん首を左右に振りながら「しません」と言っているはずなのだけれど、声が小さすぎるからか、首を振っているからか上手く聞き取れないようで「なんだ?」と聞き返されてしまった。
聞き返されるのはいいのだが、顔を近付けないで欲しい。私は後退りながら「けっこんは」しない、と否定する。

「そうか。なら、明日だな」

全く意味がわからない。今日結婚できないのに、明日結婚できるわけがない。結婚は宝くじではないのである。いや、しかしどうにか以前これを言ったら「つまり俺は一等を引いたわけだ」と満足そうにされて、私は余計に自分に自信がなくなった。

「今から昼か? 俺と食べに行こう」

絶対に嫌だ。一度だけ、しょうがないから付いて行ったらべたべた触られるし、隙あらば引っ付いてくるし最悪だった。人前で食べ物を口に放り込まれた時なんて涙が出た。私は必死に首を振ると、黒野さんは私と顔の高さを合わせて、私の額に手のひらを置いた。

「顔色が悪いな……。飴をやろうか」

するすると私の手に飴を押し付けてくる。いらない。いらないと意思表示しているのに「遠慮するな」「美味いぞ?」と、この男は引くという言葉を知らないのだろうか。

「い、りません」

絞り出すようにそれだけ言うと、黒野さんはむっとして、ぴり、と飴玉の包みを開いて中身を取り出し、それを真っすぐ私の口の方へと運んできた。なに考えてんだこの人は!

「ほら、口をあけろ」

逃げるしかない、と反転する。しかし、そこは壁ではなかったはずだが、なにかにぶつかって逃げられなかった。まさか、黒野さんか。と思うが、目の前の人はジャケットを着ている。

「お、っと。なんだ? また黒野に虐められているのか?」
「あっ、大黒部長」

部長は私の頭をぽんぽんと撫でて、にっこりと笑った。

「よしよし。怖かったな。行って良いぞ」

ああよかった。今日も部長のおかげで助かった。
今度お礼をしなければいけない。私はこうやって大黒部長に逃がして貰っていなければ、とっくに望まない結婚をさせられている気がする。



今日もまた失敗した。それもこれも全てこの鬼の部長のせいである。

「どうして行かせるんですか。あれは俺のです」
「せめてもう少し仲良くなってから言え」
「なまえと俺は仲良しですよ。その内結婚するくらいには」
「はっはっは、黒野にしてはなかなか面白い冗談だ」

「そろそろ態度を改めないと本気で嫌われるぞ?」と、わけのわからないことを言って、俺の前からも去って行った。なまえを追いかけようかと思うが、なまえの、部長を見た時の、あの安心しきったような顔を思い出してしまうと、追いかける気にはなれなかった。なんなんだ。俺の方が絶対に優しくしてやるのに。
また明日、今度はきっと、結婚してもらう。


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20200925
リクエストありがとうございました!柚子さんから『優一郎黒野で超小心者のヒロインに一目惚れの黒野さんが毎日ガンガン求婚してくるお話』でした!

 

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