祝20万記念(03)


私が不精であることも、たまには役に立つものだ。
私は鞄の中に入れっぱなしになっていた折りたたみ傘を取り出してざかざかと広げた。余程急いで畳んだのか、グチャグチャになってしまっているが、雨をしのげればそれでいい。
全く濡れないのは無理だと思うけれど、あるとないとでは雲泥の差がある。それが傘というものだ。

「それで、えっと」
「ああ。どうした?」
「なぜ無言で私の傘の中に入ってくるんですか、大黒部長」
「愚問だな。君がそこで傘をさしていたからだ」

はっはっは、と笑うので、この当たりだけやたらと明るくなる。そして「はあ」と困り果てる私から大黒部長は傘を奪い、「さあ帰るか」と歩き出してしまった。

「……わかりました。部長はそれ使って下さい」
「ああ。君と使うことにするさ」
「私は走って帰ります」
「何故そうなる」
「男性が使うには可愛らしすぎる傘ですから、注目を集めて私から傘を奪ったことを後悔しながら気を付けて帰って下さい」
「恨み言を言うのか心配するのかどちらかにしてくれないか?」
「部長のばーか! 横暴!」

「そっちか!」とまた部長が笑っている。灰色の空、大粒の雨で、ひたすら空気が重いのに、この人は機嫌が良さそうで何よりである。
部長は私の腕を引いて、自分の隣に立たせた。折りたたみ傘は小さいから、濡れないようにしようと思うととても狭い。

「俺が大事な君の傘を奪うわけがないだろう? そんなところで突っ立っていないで、こっちに来い」
「いや、大丈夫ですよ。正直すぐに止む雨だと思いますし、私はここでしばらくぼうっとしてから帰ります。部長はお急ぎでしょう? それ、使ってもらっていいですから」

「大丈夫、私が言ったほど可愛らしすぎるってこともないですよ」私はそう言って会社に残ろうとしたのだが、大黒部長は手を離してくれそうにない。「あの」

「そこまで言われると、俺は嫌われているんじゃないかと不安になるな」
「え? 大黒部長が部下に嫌われているかどうかなんて気にするはずないですよ。さては偽物ですね?」
「俺は、君に、嫌われているんじゃないかと不安がっているんだ。他の部下からどう思われようが関係ない」

部長は傘を持つ手で私の肩をだくようにして引き寄せて、そしてそのまま歩き出した。ばたばたと傘の上を雨粒が叩くから、私は一生懸命部長の隣を歩き続けるしかない。

「帰るぞ、雨が止む前にな」
「止む前にですか?」
「ああ」

私たちはお互いに肩を濡らしながら駅まで歩いたけれど、雨は割合に直ぐに上がった。「あの、部長」「ん? どうした」「雨、もう降ってないですよ」部長は傘を畳もうとしない。「部長」「そう何度も呼ぶな。照れる」「でも、雨はもう」周りを歩く人が全員傘を仕舞っても、部長が傘をしまうことはなかった。

「いいや。まだ降っているだろう?」


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20200916、あめさんにリクエスト頂きました!『大黒部長で雨の話』でしたーー!

 

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