続、いちふじさんからの


最近、日々の楽しみがひとつ増えた。

「おはよう、なまえ」
「ん? ああ黒野か。よく会うね。おはよう」
「!」

同僚のなまえの幼馴染(どうやらなまえに惚れているらしい)が、俺をじとりと睨む。この嫌そうな顔が面白い。わざわざなまえに必要以上に近付くと「やめろ」と間に入ってくるが、さすがに仕事場には来られないから悔しそうな顔をしている。
男子高校生をからかうのがこうも面白いとは知らなかった。
なまえがまた、無神経にも(俺のが悪ふざけだと知っているからだが)接近や接触を許すので、あの少年は気が気でないようである。心配しなくともなまえは俺に気はないと言うのに。
ぐっと、肩にもたれ掛かると「重いぞー」と面倒くさそうに言った。なまえの幼なじみはこちらを睨んでいるが、なまえはスマホの画面を見ながら俺を振り払った。

「オイ」
「いたたたた、なんだなんだ!?」

その様子がなにやらムカついて頬を抓るとこれには堪らず全身で嫌がって見せた。よし。そうだ。これが見たかった。俺の満足気な顔を見てなまえは頬を擦りながら「なんて厄介な同僚なんだ」と俺から距離を取った。何でかその距離感が不快であったので距離を詰めて並んで歩いた。
なまえには学習能力がないらしく、まったくこちらを警戒しないので、もう一度抓ってやった。「痛い痛い痛い」と同じような反応をしている。愉快だ。



何日かそれを繰り返していると、なまえは例の幼馴染に何か言われたのか、俺と一定の距離を保つようになった。物理的に、腕を伸ばしても届かない位置にいることが多くなる。
しかし、それでも俺はなまえと職場へ向かうので「恋人に見えるかもしれないな?」となまえの幼馴染をからかうことはできる。「そんなに距離の空いた恋人はいねェ」と強がるが、その強がっているのが丸わかりなのが俺好みであった。

「黒野? かわいそうだからやめてくれない?」
「お前は本気で言っているのか? あんなに面白いおもちゃはそうないぞ」
「本当にかわいそうだ……」
「お前が安心させてやったらいいんじゃないか」
「いや、まあまあ、それはでも、とは言っても」

学生の本分は勉強だし、高校生だし、高校生だし、高校生だし、となまえは呪文のように繰り返している。お前のそれはかわいそうではないのか、と言う言葉がでかかるが、そんなことを言ったらこいつは本気で考え込んでしまうだろうからやめておいた。何も考えていないように見えて、案外色んなことを考えている奴である。

「そういえば黒野は恋人いないんだっけ?」
「いないな」
「黒野は恋人もいじめるの?」
「さあ。どうだろうな?」
「なんか詐欺みたいなこと言ってない?」
「俺は趣味を除けば優良物件だぞ」
「私は黒野のそういう逃げも隠れもしないところ結構好きだけどね」

なまえはゆるく「あはは」なんて笑っている。しまった。今のを録音しておけばあの幼馴染でひと遊びできただろうに。惜しいことをした。
だが、俺の脳内にははっきり刻まれリフレインしているし「昨日告白されたぞ」とかなんとか言ってからかってやるのは面白いだろう。「なまえは、俺が好きらしいぞ」と。



今日はこの後デートの約束がある。となまえは上機嫌であった。一緒にしゃぶしゃぶを食べるんだそうだ。なまえの気に入りの店で、しかし一人では行きにくいのだとなまえは笑っていた。「鍋の店って大抵二人前からじゃんね。いや、いけると思うけど」いけると思うけど、と二度言った。

「それはお前の奢りなんじゃないのか」
「いや、高校生に奢らせるわけに行かないし、52君は今回もテストの点が良かったみたいだし、お互いにご褒美ということで」

「俺なら奢ってやれるぞ」と言いそうになってぐっと押し黙った。「どうかした?」と俺の作り出してしまった不審な間に的確に気づいてなまえは首を傾げる。「いや、」

「ついて行ったらさぞ嫌がるだろうなと」
「本当にやめてあげて。ね? 今度コーヒー奢ってあげるから」
「コーヒーか。弱いな」
「一切れ四百円くらいのバームクーヘンもつけるから」
「それならしかたない」
「あれ? バームクーヘン好きだっけ?」
「いや、ただ、なんとなくあのぐるぐるが無意味な感じがしないか。あとは」

あの密集している感じが弱そうだ、と俺は言おうとしたのだが、なまえがさらりと「集まってる感じが弱そうとか意味わからんこと言いそう」などと言って笑っていた。まだ言っていないはずだ。俺はなんとなくムカついてなまえの髪を軽く引っ張った。

「やめなさい」

べし、と手の甲を叩かれた。
そのままエレベーターに飛び乗って、なまえを壁に押しやった。たまたまボタンのある方だったのでなまえは一階についても最後までエレベーターの中にいた。
そうする事が当然であるように、エレベーターの開のボタンを押し続けているなまえを待つ。待っている間、遠くに、それを更に待っているのなまえの幼馴染を見つけた。
なまえはエレベーターを出ると直ぐに幼馴染に気づいた。幼馴染もなまえに気付き、二人はひらりと手を振り合った。
俺は早速新しいネタで虐めてやろうとついていく。なまえの幼馴染は俺と一緒に出てきたのが気に入らないらしい。羨ましそうに俺に問う。

「……いつも一緒なのか」
「そうだ。俺たちは仲がいいからな」
「飽きないね黒野も……」

なまえの幼馴染は制服姿のままでなまえの横にピタリと立ってこちらを睨む。

「そういえば最近、なまえは、俺のことが好きだと言っていたぞ」
「! 嘘だよな?」
「いや、それはそういう意味じゃないし」
「それから、お茶にも誘われたな?」
「!! 誘ったのか!?」
「いや、それもそういう意味じゃないし」

「もう」となまえは呆れて溜息をつき「またね、黒野」とこちらに手を振った。今から二人で仲良くしゃぶしゃぶか。
そんなことを思うのと、俺がなまえの腕を掴むのは同時だった。

「? 黒野?」
「……ちょっと、太くなったんじゃないか」
「失礼なこと言うなあ!?」

なまえはばっと手を振りほどいて「行こう行こう」と年下の幼馴染を連れて離れて行った。
俺はじっと、なまえを掴んだ手のひらを見つめる。
じんわり熱くて、なにやら、あの二人の後ろ姿が大変に不快だ。こんなことはなかったはず。いや、なかったか? 本当に?

「また会った時に、確かめてみれば済むことか」

行かせたくない、そう思って腕を掴んだ気がするが、いや、きっと何かの間違いだ。


-----------
20200718:お願いして続き書かせていただきました…。

 

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -