愛しているからだver.黒野


そんな願いは、聞き届けられるはずがない。ずっと言えなかった、本当は一生言いたくなかった言葉を口にした。

▲▼

「私達は、もう、会わない方がいい」

それは死刑宣告のようなもので、なまえにそれを言わせることが俺の唯一の勝ち筋だった。
なまえがあの男を大切に思っているのは一目瞭然であったし、男もまた、なまえを大切にしていた。
ずるずると曖昧な関係を続けられると厄介だ。俺はすぐに手を打って、あいつがこのように暴走する日を待っていた。
自分を見失ったその日が、なまえとの永遠の別れの日になるとも知らずに。

「……なまえ」
「ごめんなさい黒野さん、今日は。今日は一人で居させてください」

俺はなまえを抱えあげてなまえの部屋へと向かった。男はついてこない。俺は笑いそうになる口元を隠しながらなまえの背を優しく撫でる。
これで彼女は、俺のものだ。

▲▼

なまえは大人しく俺に体を洗われ、着替えさせられ、そして一緒にベッドに横になった。抜け殻のようになっては、時々涙を流している。
俺は極めて優しく髪を撫で、俺の存在を示すように抱きしめる。なまえ。灰島に、まるで捨て猫のように扱われて入ってきたなまえ。
「よろしくお願いします」と微笑む姿は何かを探しているように所在なさげで、腕っ節はそれなりのくせに時々消えてしまいそうに儚い顔をする。それでも、俺が声をかけると無理やりに元気に笑うのだ。
俺はだんだんそれが耐えられなくなった。
なまえを取り巻く全てのものから、なまえを解放したい。なまえを苦しめるものを取り除いて、悲しむ理由を燃やし尽くして、俺が一生そばにいる。
俺はもう随分前から、なまえが本当に欲しい言葉を知っていた。
ただ、その言葉を言うことでなまえを救えるのは俺ではなかった。だから言わなかった。
しかし、それも、ついさっきまでの話だ。
ようやくここまで来た。
俺はなまえの体を撫でながら言う。
これは、なまえを手に入れるための魔法の言葉。

「大丈夫だ、もう、思い切り泣いてもいい」
「えっ」

なまえはぱっとこちらを見た。俺を見た。その瞳の奥にあいつはいない。なまえはあいつとは二度と会わないしあいつも二度となまえの前には現れない。
ここにいるのは俺となまえとたったふたりだけだ。

「泣いてもいい」
「でも」
「なまえはなまえにしかなれない。それはつまり、その時やりたいと思ったことを全力でやるということだろう。今は、笑いたいようには見えない」

なまえは体をふるわせて、こんな時だと言うのに黙って静かに泣いていた。雨音の方がうるさいくらいだ。
俺はなまえの涙を舐めとって、こくんと飲み込む。「くろのさん」となまえが俺を呼ぶのでそのままキスをした。ふ、となまえは泣きながら笑う。「しょっぱいですよ」と、ああ、なまえ、わかったか? お前を誰より愛しているのは、一番愛することが出来るのは俺なんだ。
俺にはなまえしかいないように、なまえにだって俺しか要らないはずだ。

「愛している、なまえ」
「ありがとうございます、黒野さん」
「愛してる」

「ありがとう、」となまえは俺に擦り寄った。今すぐには同じ言葉を聞けないだろうが、大した問題ではない、一番の壁は取り除いた。
後は、一緒にいるうちに自然にそうなるだろう。なまえの欲しい言葉や行動、やって欲しくないことはなんでも分かる。分かるように行動して観察してきたから当然だ。

「黒野さん」
「どうした? なにかして欲しいことがあるなら言ってくれ」
「私、黒野さんを」

好きになっても、いいですか。

もちろんだ。俺は一番、お前を幸せにしてやれる男だぞ。


-----------
20200718
ルート黒野

 

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -