20200703D


いつの間に家に来たのだろうか。リビングのソファを占領した伏黒甚爾はひらりと手を振ってにやりと笑った。

「よう。飯奢ってくれ」
「昨日のカレー、冷蔵庫」
「なんだよ、あれ食って良かったのか」

私は甚爾が退いたソファに座って引き続きメールをチェックする。このクソ忙しい時に折角昨日作り置きしたカレーを食いつくされるのか、と思うとつい舌打ちをしてしまう。「聞こえてんぞ」と甚爾は笑って「なあ、米は?」と勝手に炊飯器を開けている。「冷凍庫」と言うと「お、あったあった」と電子レンジに突っ込んでいる。

「お前はどうする?」
「まだ食べない」
「そんなこと言わずに食っとけよ」
「食べないっての」

「いらない」と言っているのに甚爾は全く言う事を聞かず、勝手に食器を取り出して米を盛り今度は「付け合わせ出せよ」と肩を揺すりに来た。がくがくする。気配がないので突然触れられると気持ちが悪い。何度かやめてくれと言ったのだが「悪い悪い」と言うばかりでやめてくれたことはない。

「なあ、茶」
「冷蔵庫」
「これじゃなくて、もっといいやつあるだろ。オラ、出せよ」
「食器棚の中」
「淹、れ、て」
「か、え、れ」

この世界にはいろいろな笑顔がある、と私は常々思うものであるが、こいつの媚びた笑顔ほど不愉快なものはないと思う。呪霊にも負けない気味の悪さである。「いいじゃねえか。お前が淹れた方が美味いし、茶葉も浮かばれるだろうぜ」最初からそう言えばいい。
私は立ち上がってお湯を沸かしはじめる。これを飲ませたら帰ってもらうことにしよう。

「お、カレー美味え」
「……」
「こんなもん作れたら嫁の貰い手に困らねえな」
「……」
「茶を淹れるのが上手い女ってのはいい女だよなあ」
「なに?」
「しばらく泊めてくれね?」

甚爾は一杯目のカレーをぺろりと平らげ、新たに私の作り置きの冷凍ご飯を温めて、三日はこれだけで行こうとストックしていたカレーをまた山盛りにして食っている。美味い、というのは嘘ではないだろうが、それ以外は思ってもいないことだろう。私は、はあ、とため息を吐く。「福神漬けの買い置きあるか?」「そんなものない」立ち上がって一度部屋に戻り、財布の中身を確認する。まあ、これだけあれば三日は飢え死にすることはなかろう。適当に抜き取って、抜き身のままで甚爾に渡した。「泊めない」

「くれんのか? 稼いでんな、オマエも」
「なんでもいい。とにかく、ここには泊めない」
「ま、オマエはそう言うだろうと思ったけどな」

「俺もここには、泊まるべきじゃないと常々思ってる」ふと私の残した皿を見ると、私の分まで食われていた。元々そう食欲があったわけじゃないから、丁度良いと言えなくもないが。「ところで辛いモン食ったらなんか甘いモン食いたくならねえ?」「……」「お、なんかあるな、その反応は。冷凍庫か?」がさがさと冷凍庫を漁り出して、奥の方に入り込んでいたハーゲンダッツを見つけていた。「流石なまえだぜ」と笑って蓋をゴミ箱に放り捨てている。怒る気にはならない。いつものことである。

「じゃあ、食べたら出て行きなね」
「へーへー、わかってるよ」

私は部屋に戻って仕事の続きをはじめる。やや気を散らされたが問題はない。
次にリビングに戻る頃には甚爾の姿はなくなっていてほっとした。よかった。これ以上あいつになにかを許したら、私はどうなってしまうかわからない。あのクズ野郎の唯一の良いところは、さっきまでいた、というその気配すら残らないところである。


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20200716:いちふじせんせいからーふしぐろとうじのリクエストでしたーこれで許されたい。

 

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