20200703C


最近、よく夢を見る。
見たことがない場所なのに、俺の足はそこをすいすいと歩いていく。目的地はいつも同じで、俺はいつも、どこか浮足立つような気持ちで歩いているのである。
東京皇国はどこを切り取ってもごちゃごちゃしているが、その区画はよく整理されていて、なだらかな坂が続き、その途中途中にバス停があり、海を望むカフェがあった。海。そう、そこは海沿いにある街で、ここらに建つ家のほとんどからはいつ何時でも海が見える。これは道路を整備したせいであろう。海の方へ降りるには少し歩かなければならないが、土地の傾斜に沿って立ち並ぶ家は人工物だというのに自然だった。
俺の目指す場所は、もっと上の方にある。住宅街からは少し離れて、明るい山道を少しだけ歩く。その先に、ぽつんと家が建っている。隠れ家のように存在するが、その一帯はあたたかく、爽やかな風が吹きこんでいた。
庭にはやや左右で高さの違うブランコが木に結びつけてあって、小さな子どもが遊んでいる。俺がそれを確認するのと同時にその子どもはこちらに気付いて駆け寄ってくる。駆け寄る前に大声で誰かを呼ぶのを忘れない。
俺はその子どもの力いっぱいを受け止める為に両腕を広げ、そして、脇の辺りを掴んで思い切り上に持ち上げぐるぐると回る。無邪気にきゃっきゃとはしゃぐ笑顔はあいつに似ている。
そしてその子どもを腕に抱き、前を見ると。土いじりをしていたらしい、軍手をはずしながらあいつが、なまえが言う。

「おかえりなさい」



こんな夢を見るのは、あんな約束をしたからだろうか。
目を覚ますと、風呂場の方がなにやら騒がしい。不穏な気配がするわけではないから俺は欠伸をしながら風呂場をのぞく。「なにしてんだ」がちゃり、と脱衣所を無遠慮に開け放つと「あーッ!!」となまえが叫んだ。「あ?」俺が目を丸くしていると、足元をなにか白いものが駆け抜けて行き、廊下の真ん中で体をぶるぶると震わせて床にも壁にも天井にも水滴を飛ばしていた。あれは、犬だ。

「もう! 逃げちゃったじゃない! ジョーカーあの子の体乾かすの手伝って!」
「なんで俺が」
「逃がしちゃったでしょう!?」
「……」

なまえは大きなタオルを持って犬を追いかけ、すくうように抱き上げた。「いたずらっこね」壁や天井の水滴は今は見ないことにしたようだ。俺は言われた通りにもう一枚タオルを持ってきてなまえと俺で犬を挟むようにしゃがみ込む。

「どうしたんだ、こいつ」
「友達がどうしても貰って欲しいって言うから家族になったの。ついさっき、ジョーカーが寝てる間にね」
「ははあ。俺が寝てる間に浮気って訳か」
「そうね。寂しい時はこの子を抱きしめることにする」

犬を綺麗に乾かすと、なまえは「よし」と犬を自由にした。部屋の中を駆けまわって居る間に、風呂場や廊下の掃除をしていた。廊下は俺も手伝った。それから「暇ならあの子の面倒を見ておいて」と言われ、俺は犬を構ってやった。しばらく遊んでやると電池が切れたように眠りこけたので、なんだか、やっと二人きりになった、と、そんな気持ちになった。

「なあ」
「なあに?」
「お前、夢ってみるか?」
「寝てる時にみるほう? わたしは随分みてないかな」
「そうかよ」

同じ夢を見ていたい、だなんて今日日ロマンチストも口にしない台詞だろう。言ったら面白い反応が返ってくるのかもしれないが、俺は別に、同じ夢が見ていたいわけではない。あの平和で平穏で、夢みたいな夢の話しをするべきか否か少しの間考える。
考えている間、なまえを抱き寄せてぎゅうぎゅう力を込めていると「苦しい」と言われてしまった。このまま眠ったら夢の続きを見られるだろうか。いいや、ここは果敢に、必ずその先は現実世界で見る、と決意するところなのだろうか。

「ジョーカー?」

生涯俺に繋がれている、だなんて。俺にとっては過ぎた約束なのに。不平も不満もなさそうにきょとんと見上げられて嬉しくなるし、最近何度も見る夢に追いつめられるようにして、本当にこれでいいのか、とも思う。

「へんなかお」

人が真剣に悩んでいるのに、なまえは俺の鼻をつまんで笑っている。こいつのやっていることは正しい。先の事なんて、どれだけ考えても仕方がない。そんな暇があるなら目の前の現実を全力で楽しむ方がいい。こいつはそれを体現しすぎている。例えそれが本心でなくても、そうできる。

「なにすんだ」

俺もやり返すと、犬が起き出してこちらに寄ってきた。
難しいことは考えない。今日の所は答えなど出るはずもない。ただ一つ言えることは、きっと、次の夢にはこの犬も出て来るだろうということだ。
どうしてこの女は、こうも簡単に大切なものを増やしてしまえるのだろう。

「どうしたの?」
「なんでもねェよ」

がりがりと頭を掻いて立ち上がるとなまえがふっと笑う音がした。向かう先は玄関だ。行かなければならない場所がある。「ジョーカー」「ん」

「いってらっしゃい」

まったく俺ばかり幸せになってしまって悪いような気がしたから、とびきり優しくキスをした。

「いってくる」

これがどれだけ贅沢なことか、このやりとり一つを俺がどれだけ特別に思っているか、どうか一生気付かれませんように。
今日は夢で見た空と同じに晴天だった。


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20200716:時雨さんのこのお話のリレーでしたー!ありがとうございました!こんな感じでどうですかね…。

 

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