20200703A


第四所属の隊員は大抵俺の笛の音をある程度理解してくれるのだが、一人、何一つ理解できないと俺の笛の音を聞く度眉根を寄せる女性隊員がいる。

「ピッ、ピー、ピピーッ!」
「……あ?」
「なまえ先輩! 腹筋百回だそうですよ!」
「ああ……」

オグンに連れられて腹筋をはじめたなまえは「なんで?」と釈然としない顔のままだ。「あの人、オグンがいなかったら第四にいられないんじゃないっすか」と火隣は笑っていたし、実際「オグンくんが私に愛想尽かして慰めてくれなくなったら隊を変わる」と言っているらしい。俺もなんとなく悪いとは思うのだが、癖というものはそう簡単に抜けるものではないし、現状、それで困ったことは起こっていない。なまえが俺の顔を見る度若干嫌そうにすること以外には。

「私は、特別、順応能力が低い……、オグンくんどう思う。私人間できてる?」
「できてます。完璧人間に見えますって。逆にですけど、この隊になまえさんくらい人間らしい人います?」
「……君は特別いい子だ。飴をあげよう」

オグンは涙目で「あざっす!」と頭を下げていた。そしてなまえの隣から去って行き、火隣に「ドンマイ」と言われている。
なんだか絶妙なバランスを保ち上手くいっているようだが、俺としては隊の人間が真剣に悩んでいるところを放っておくわけにはいかない。断じて個人的に気になるからだとか、そういう理由ではない。
俺はさっと周囲を見回して、なまえが一人になったところを見計らって声をかける。「ピーッ!(なまえ!)」なまえはばっとこちらを振り返って嫌そうな顔のまま敬礼した。

「ピピピ、ピーピッ(今日はいい天気だな)」
「……え?」
「ピ、ピ、ピピー(冷たいものが欲しくならないか)」
「………は?」
「ピピーッ、ピッピッピー、ピヒュー(たまには隊員達にそういうものがあってもいいと思うんだが、どう思う?)」

「……………」となまえはとうとう何も言わなくなった。今にも叫び出しそうな不機嫌顔のままじっと停止し何かを考え込んでいる。その内に額に冷や汗が浮かび上がり、口元が見えないように自分の手のひらを添えてなにやらぶつぶつぼやきはじめた。「正気か」だとか「なんの苦行だ」だとか、そんな言葉が聞こえてくる。
なまえはゆっくり顔を上げ、そしてゆっくり口を開く。

「今日鎮魂した焔ビトの話、ですか……」

全然違う。
本当にわからないのだろう。だが、わからないなりに俺の表情から「そうじゃない」という情報は読み取ったようだ。「違う? なら、なんだ……」と改めて考え込んでいる。わからないのならわからないと言ってくれたらいいと思うのだが、どうやら一人だけ簡単な指示すらわからないことに引け目を感じているようだ。そういう努力家なところに好感が持てる。のだが。
当の名前は評価されているとも知らずに「ああ……」「うう……」と唸り、胃のあたりを押さえながら言った。

「日本語で、お願いします……」
「悪かったから、その顔をやめてくれ」
「顔は、いつも、この顔ですけど」

女性に顔の話はまずかった。と思うのだが、なまえは俺がきちんと喋ったことで安心したのか構えるような立ち方から、ゆるりと力を抜いた立ち姿に変わっていく。

「で、なんでしたか」
「今日は天気がいいな、と言った」
「……はあ、その次は」
「冷たいものが欲しくならないか、と」
「………へえ、それで」
「隊員達に何か買って来ようかと思うんだが、どう思う」
「……………、良いんじゃないですか?」

思わず笛に手が伸びかかるが、俺はどうにかそれを押さえて直接言葉にしてみる。なんとか苦手意識だけでも取り払うことができればいい、と願いを込めて。

「一緒に、行ってくれ」

なまえは顎に細い指を引っ掛けて首を傾げる。

「誰とです?」
「俺と」
「誰が?」
「君がだ」
「嫌です」
「今なんて言った?」
「ああ、いや、何も言ってません。ええと、手が足らないって話ですよね? 大隊長、いや、オグ、いや、か、あいつ名前……、ああ、火隣。火隣なんかいいんじゃないですか」
「君に頼んでるんだが」
「嫌です」
「また言ったか?」
「あ、すいません、違う違う。えーっと、じゃあ、つまり、なんだ、私が替わりを連れてきたらいいんですよね?」
「違う」
「は?」
「君が一緒に来たら済む話だろう」
「…………?」

なまえは首をこれでもかというくらいに傾げて、ついにはバランスを崩して転びそうになっていた。「ああ」と体勢を立て直しながら、なまえは泣きそうな顔で俺に言う。

「なに、言われてるのか、わからないです……。ちょっと、理解力、バフ盛ってくれますか……?」
「無茶言うな!」

俺は、そんなに難しいことを言っていない!



めずらしい二人組だ、としばらく眺めていると、その内会話がヒートアップしてきたらしい。パーン中隊長となまえ先輩の交流は、なにやら言い争いに発展したようだ。
俺はなまえ先輩のスペシャリストであるオグンの肩をつついて教えてやる。

「おい、オグン。なまえ先輩が中隊長に怒られてるぞ」
「は? なんでだ?」

オグンもまた二人を眺めて「いや、あれはたぶん……」オグン曰く、中隊長がなまえに声をかけたはいいものの、なまえとうまくコミュニケーションが取れずに揉めているだけ、とのことである。なんでちょっと見ただけでそんなことまでわかるのか。俺は興味がないので「ふうん」とだけ言っておいた。
そんなことをしていると、なまえ先輩がこちらに気付いてとんでもないスピードで走ってきた。

「あっ、オグンくんいいところに!」
「先輩。どうしたんですか」
「一緒に買い物に付いて来てほしいってどういう意味?」
「は?」
「オグンくんにもわからなかったらもう駄目だ、おしまいだ……」
「ちょ、ちょっとパーン中隊長!? どういうことですか!」
「言葉のままだろうが!」

「それはまずいでしょ!」「別にまずくはない!」先輩をそっちのけで今度はオグンと中隊長がやり合い始めた。なまえ先輩は「ねえ」と俺の肩を叩く。

「えーっと、あー、君、か、か、火隣くんは意味わかる?」
「わかんないのは先輩だけですよ」
「君……、結構ひどいこと……、いや、その通りだ……」
「ああもう。図解してあげますからちょっとこっち来てください」

しかたがないので砂の上に絵を描いて教えようと二人でしゃがみ込む。なまえ先輩は素直にふんふんと俺の話を聞いているので、まあ、変な人だが悪い人ではないのである。

「ほら、まず先輩がここにいるとするでしょ、そしたらここに中隊長、オグン、で、矢印がこう……」
「「やめろ!!」」

矢印は、中隊長とオグンの足によって消されてしまった。先輩は「私は何故こんなにも愚図なのか?」と虚空をぼんやり眺め、中隊長とオグンはまだやっているし、俺はやっぱり、溜息を吐いた。大隊長を呼んで来よう。


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20200715
こんな感じでどうですか…、赤い狐さんからパーンさんでした…。が、第四夢になってしまった…感…。

 

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