15万打リクエスト(18)


それは普段から訓練を欠かさない彼女が優秀であるために起こった事故であった。いや、カリムにとっては事故であったが、なまえにとってはそうでもなかったと思われる。「えっ」と事は起こってから、なまえの間抜けな声を合図に振り返る。

「なに、しようとした?」
「……」

カリムはきょとんとするなまえに、一から言葉で説明することはなく、視線をふいと横に逸らした。空を掴んだ手のひらのことは今すぐ忘れてもらいたい。何故あの状況、あのタイミングで避けられるのだろう。ふざけて距離を縮める為に伸ばした手を背後に隠す。

「気を抜いて、ぼうっとしてるように見えただけだ」
「まあ、そりゃあ、ある程度ぼうっともするけど」

どこがだ。とカリムは思う。普通ぼうっとしている人間は背後から音もなく近付いて来た人間が伸ばした手を避けることなんてできない。「隙だらけだな」とふざけて手を絡めてやろうと思っていたのに、浮かれていたのはこちらだったわけだ。カリムは忌々しげに舌打ちをした。なまえは「なに?」と眉間に皺を寄せている。

「なにもねェしなんでもねェ」
「ふうん」

ただ隣り合って歩く程度には親密なのだ。ここまでは来た。ここからが問題である。なまえと特別仲良くなるためにカリムは必死に言葉を尽くして会話をする。

「今付けてる今日の髪留め、はじめて見るな。似合ってる」
「ああこれ。この間の休みの日に買って来たんだよね」
「出かけてたのか」
「うん。ついいろいろ買いすぎちゃった」
「荷物持ちくらい付けて行けばいいだろ」
「荷物持ちねえ、そんないい身分じゃないなあ、私は」

なまえはゆるく笑っている。カリムは真剣な顔をして話を続けた。

「俺とかよ」

渾身のセリフであったのだが、なまえは「あはは」と面白い冗談を聞いたという風に笑った。無論、冗談ではなかった。

「天下の第一特殊消防隊の中隊長様にそんなことさせられないでしょう」
「誰も怒らねェし、誰にも何も言われねェよ」
「そうかなあ。カリムにしては楽観的な意見だねえ」

普通に空を空振りした。カリムは内心ではがっかりしながらもなまえの隣を歩く。そりゃあもちろん本心ではない。怒る奴もいれば、何か言う奴もいるだろう。例えば「あの二人は付き合っている」というようなことだとか。

「試してみようぜ」
「ええ……?」
「いいだろ。次の休みが合った時」
「うーん、まあ、でも、本当に荷物持ちするの?」
「まかせとけ」

「じゃあ、行ってみようか」と言うなまえに内心でガッツポーズを決めながら隣を歩いた。
デートの約束を取り付けられたと大満足のカリムが、なまえの買い物の量が本当に尋常ではないことと、そのせいで広まる噂は「カリム中隊長はなまえさんの舎弟らしい」という不名誉なものであることを知るのは、まだ先の話だ。


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20200704:
リクエストありがとうございました!ろくさんで『カリムに口説かれる話』でしたー!

 

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