なにもしらない/ソニック


その日は最悪な日だった。
まず、電車が何故か5回も止まった。
もちろん学校には遅刻した。
次に、くしゃみを正面からかけられた。
殺してやろうかと思った。
さらに、学校へ向かっている途中、盛大に転んだ。
膝から血が出ている。痛い。
ハンカチで拭こうと思ったらなぜかない。
それだけならまだいいが、起き上がると、スーツを着た女の人に嘲笑された。
ならばお前は転ばないのか。
人生に一度もないのか。どうなんだコラ。
学校へ行くと、各授業一度はあてられた。
しかも、配られるプリントは全部1枚少なく私のところへ回ってこない。
一体裏でどんな取引があった?
体育の授業ではボールが7回頭にあたるという大事故。
一体どんな恨みがある?
体育の授業が終わるとシャーペンがなくなっていた。
もしかして、いじめかしら!!!?
心の底からむかつく。
まだある。
友達がしかけてきたタックルがあまりに強力であまりに虚をついていてガラスに頭から突っ込んだ。
怪我はなかったが大惨事だ。
昼にもらったパンを一口食べた瞬間から腹の調子が悪い。
責任をとれ。
そろそろ心が荒んで来た。
靴下に穴も開いた。
他にもあるがもう思い出したくもない。
花瓶の水をかぶった話など、殺意を通り越して自殺願望が芽生えた。
世の中は無情だ。
お腹もすいた。
どうにか下校時刻を迎えると、一人でそそくさと学校を出た。
横切るな黒猫よ。
私はそんな話は信じていないしばからしいと思うが、今は、今だけはよせ。
いつもの帰り道。
いつもより悪い運。
いい予感なんて一つもしない。
できるだけ何にも関わりたくなかったが、ふと見た路地裏で。

「学校は楽しかったか〜? 人生で最後の学校はどうだった? 俺に感想を聞かせてくれよ〜」

クソムカつく。
やめろ。
もっと私にみつからないところでやれ。
怪人は、小さな子供を追いつめているらしかった。
女の子は泣いている。
信じられない。
こんな時に。
こんな日に。
私はおあつらえ向きにそこに立てかけられていた鉄パイプを一つとって、鞄を放り投げる。
どうせ財布も携帯も忘れて教科書しか入っていない。
盗まれた所で高が知れている。
たた、たったったった、たんっ。
加速して、跳躍。
全身を使って、思い切り振り下ろす。

「ふがあ!?」

がん、という音。
あほそうな悲鳴。
女の子がこちらを見る。
かわいい女の子だ。
君は私の様に荒んではいけない。

「立てる? 走って逃げて」
「え、で、でも」
「いいから」
「あの、あ、」
「はやく!」

女の子を行かせると、ゆらり、と後ろでうごめく気配。

「おい〜、お前一体何様だ〜?」
「通りすがりの女子高生様だけど?」
「自殺志願か〜?」

あー、これ、逃げられるのかなあ。
私の最後の言葉は今のか。
うーん、なかなかかっこいい。
これはこれでいいか?
まあ、勝てないと、決まったわけでも。
怪人が振り上げて、振り下ろした腕の下は、コンクリートがえぐられている。
どうかなあ。
これ。

「謝るなら今のうちだぞ〜? まあ、許さないんだけどな〜?」

鉄パイプを構えなおす。
なんとかなるだろう。きっと。
一度手元を見る。
うん。
力は入る。
ぴくり、と足の感覚を確認する。
動く。
逃げるくらいなら、なんとかなるだろう。
すう、とまっすぐ前を見ると、怪人が突然話すのをやめた。
数秒後、怪人は真っ二つになって、左右にぱかり、と割れてしまう。
え。

「怪我は無いか」
「え」

なんだ。
この人は。
全体的に黒いこの人は日本刀を持っていて、この怪人を両断して助けてくれたと思われる。
なんだか頬におかしなペイントをしてはいるが、かっこいい顔をしている。
まさか。
こんなことが。
そうか、この出会いの為にあったのか。
今日の不運と不幸と。
その全てはこの瞬間への布石で。

「大丈夫なのか。なまえ」

この優しい声がそれをしょうめ、
あ?

「どうした」
「いや、どうしたって……」
「ふっ、子供をかばって怪人に立ち向かうとは。そういう時は遠慮せず俺を頼れ。なまえ」

な、んで名前を知ってる?

「鞄もこんなところにおいて、中身を盗まれたらどうする?」

ちゃり、と電車の定期券の入ったケースがゆれる。
あ、
ああ、定期券には名前が入っている、だから、知っていたのか。
そうだ、そう。そうに違いない。
そんなわけない。
そんな、この不幸な日に重ねてこんなこと。

「あ、ああ、あ、ありがとうございます」

鞄を受け取る。
手が触れたので、ふと、その黒い人の顔を見ると、少しだけ赤い。
いやいや。
いやいやいや。
まてまてまてまてまてまて。
ごめんって。
ごめんなさいって。
私が一体なにをした? なあ? 聞いてる?

「礼などいい」

得意げに、ただただ得意げにその男は笑う。

「恋人を守るのは当然だろう」

いつ恋人になった?
守ってもらえたのは嬉しい。
それはいい。
それはいいが、どうしてだ。
この人、もしかしなくても。
す、で始まる変質者では……。

「いやあの、貴方こそ、何か間違えていませんか?」
「なに?」
「人違いとか」
「ふっ俺は最強最速の忍者、音速のソニック」
「あ?」
「なまえの恋人だ」
「ああ?」

だめだ日本語通じねえ。
逃げよう。
いや、事態は悪化している。
怪人相手ならまだ逃げられたかもしれない。
半ば絶望していると、ソニックとか言う名前の変質者は幸せそうに笑う。
たった一人で。
たった一人で。
もう一度言う。
たった一人で、幸せそうに笑う。

「無事でなによりだ、なまえ」

ありえないありえない。
この男のポケットからちらりと見えているハンカチに見覚えがあるが。
そんなわけない。
そんなわけない。
そんなわけないと思わせてくれ。
だめだ。
もう、考えたくない。
わかった。
ここで、結論を出そう。
やはり今日は、最悪な日だ。


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20160303:音速のストーカー
 
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