笑う門には/ガロウ


その日は、空から鳥が落ちてきた。
それだけでもなかなかに珍しいことだが、その鳥は隣を歩いていた女の服、フードの中に落下した。
こいつと俺は所謂恋人関係にあるが、こいつは良くも悪くもよく当たる。
運の振り幅が極端なやつだった。
賭け事でも圧倒的に勝つか、ありえないレベルで負けるか、どちらかしかないような、そんなやつ。
しばらくすると、鳥は何事も無かったかのように飛び立っていく。

「……なるほど」

なまえという名のこいつは、無言でコートを脱いでフードの中身を確認した。
羽が一枚落ちていた。
それを取ると、地面に落として、なまえはなまえで、何事も無かったかのように歩き出した。たぶん、糞とかじゃなくて安心した「なるほど」だろう。
3歩歩くと、走ってきた猫に激突され、さらに歩けば、民家のベランダから植木鉢が落ちてくる。
それは、流石に俺が叩き落としてやる。

「ありがとう、ガロウく」

振り返りながら、こちらを見るが、何故か足元のマンホールを踏み抜き、俺は急いでなまえをこちらに引き寄せる。
道路でなまえを抱き抱えて、倒れる。
俺はなんだか面白いなあとこいつを見ていたし、なんだか面白そうだとこいつと付き合うことにしたけれど。
なまえは危うく死にかけたとしても、へらりと笑う。

「……苦労かけるね?」
「おいおい、そんなこと思ってたのか?」

見ていられない。
そもそも初めてあった時だって何故かぼろぼろで血塗れで、そんな姿でも俺を確認すると笑ったのだ。
かなりインパクトの強い出会いだった。
笑って何をいうかと思えば、「死にそうなので救急車呼んでもらえませんか」と、言った。
ちなみにその後こいつをのせた救急車は病院へつくまでに三度接触事故を起こした。

「ふう、それで何の話だっけ?」
「アイフォンにするかスマホにするかって話だろ」
「そうそう、そうだった」

立ち上がると、俺はなまえについた砂やらホコリやらを払ってやる。
なまえはと言えばそんな俺をしばらくきょとんと見上げたあと、同じように俺についた砂やらホコリやらを払った。

「ありがとう」
「おう」

笑ってはいるが動揺はするようで、なまえは安心したように胸をなで下ろして、再び歩き出した。
近所の喫茶店にむかうところだ。
なまえは、あまり外に出るやつではないのだが、まあ俺がいれば安心だ。
俺はなまえの手をとって歩き出す。
なまえはその手を見つめていたが、程なくゆるく握り返された。
はじめのうちは、危ないからやめた方がいいなんて言われていたけれど、その行動に俺への信頼を感じる。
なまえとしては、付き合ったのも、たぶん、俺が面白がっているのがわかっていて、すぐにいなくなるだろうと踏んだからだからであろうが、見事にはまってしまったのだ。
いいじゃないか。
俺が守るのだから。
出会った時のような大怪我をして欲しくない。

「なまえ」
「ん、」

人通りがないのをいいことに、なまえに小さなキスを落とす。
澄んだ目がこちらを見つめる。

「なあんだよ」
「ううん」
「なんかあんだろ」
「うん。いろいろあるよ。どれがいい?」
「わっかんねえよ」

なまえは小さく笑った。
今日はまだいい方だ、何の前触れもなく車にひかれたりバイクにはねられたり。
怪人におそわれたり人間に襲われたりもざらにある。
袖からのぞく包帯は、痛々しくてみていられない。


「いつもありがとう、ね」
「トーゼンだろうが」

礼をいう姿も表情もそのへんにいる誰とも違わないのに、纏っている雰囲気だけが異質だ。
明日にでも、否、数秒後にでも、すうっと消えてしまいそうな。
あるいは、簡単に死んでしまいそうな。
本当に怖いのは、そんなことが起きても本人は、同じように笑っているだろうと思えてしまうことだった。
どこからともなく、さらりと風が吹いてなまえはゆっくり空を見上げる。
目は細められて穏やかな表情。

「いい天気」

鳥が降っても槍が降っても、きっと、その先の空の色を見てなまえはそう言うのだろう。
俺はどうにもならない気持ちになったので繋いでいる手をより強く握り直して、より距離を詰めたのだけれど、見透かしたように「ごめんね」と言われては、こいつの抱えているものの厄介さを思い知るばかりだった。


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20160302:ガロウくんと超不幸少女サンプル。
 
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