そのヒーローは名乗らない/無免ライダー


俺はそのヒーローに会ったことがない。
ひどく無口な女の子であるらしいという情報しかなくて、それでいて恐ろしく強いらしい。
女子高生ではあるものの、程なく彼女はS級になって、そこからランキングが上がることはなく、ただ、下がることもなく、人知れずヒーロー活動をしているらしかった。
協会の人に聞けば、彼女のことは「よくわからない人」だと表現した。
けれど、俺には、その子がどうしようもなくヒーローであるような気がしていた。

「あ! 無免ライダーだ」

小さな子供にそう言われ、自転車を止めて手を振る。
彼女にはこんなこともなくて、顔もよく知られていなくて、目立つようなこともない。
でも、人のために戦うのだ。
どうして、俺がこんなに彼女のことを気にするのかといえば、俺は知らないうちに彼女に助けられていたかも知れないからだ。
確証はない。
ただ、すごく遠くから、一度だけその姿を見たことがある。
信じられないくらいに強くて、勝負は一瞬だった。
民衆は「あの子は誰なんだろう」と言っていたが俺にはわかるような気がした。何も語らず、一言も発さず。
ただただ強いその人が。
あの、ヒーローであると。
それだけではない、その時彼女が使っていた武器に見覚えがあった。
俺が怪人にやられても、止めを刺されるその直前。
怪人がばたりと倒れて、真っ二つになっていたりすることが、最近ある。
鋭利な何かで切断されているのだが、糸のようなものがキラリと光るのを、地面から見た。
それからは、どうにもだめで、パトロールだなんだと言っては姿を探してしまう。

「無免ライダーまたねー」
「ああ! 気をつけて帰るんだぞ!」

このあたりに住んでいるのだろうか。
それとも、たまたまその時、居合わせただけなんだろうか。
ぼんやりと、何故か気落ちしていると。

「きゃー! 怪人よーーー!!」
「なんだって!!?」

静かに人探しもできやしない。
ジャスティス号にまたがって、立ちこぎモードで急いで向かう。
幸い近くだ。
しかし、ビルの角を曲がると、1人の女子高生がその怪人と対峙していた。
怪人はいろいろと話をしているが、彼女はただの一言も話さない。
一つため息をつくと、何事も無かったかのように歩き出す。
怪人の横を通り抜けると、怪人はばらばらになって、小さな山になってしまった。
この、技は。

「は!?」
「なんだいまの!? あの子がやったのか?」
「ヒーローが来てたんだろ、タツマキとか」
「どこにだよ!!?」

ざわつく民衆に目もくれず。
その子は、俺の前に来た。
ふと、彼女は顔を上げてこちらを見る。

「「あ」」

声は同時に上がった。
彼女は数度視線を泳がせたあとに、小さく頭を下げる。
そのまま立ち去ろうとしたので慌てて声をかけた。

「君!」
「!」
「ありがとう、君のおかげなんだろう?」
「……そんな大したものじゃありませんよ。被害が出なくて何よりでした」
「怪我はないかい」
「え、はい。えーと、貴方は?」
「俺は無免ライダー」
「あー、いえ、そうではなく。貴方にも怪我はありませんか、と」
「? ああ」
「それならよかった」

ヒーロー名簿の写真は前髪はすべて降りて目を隠しているし、マスクをしてサングラスもして顔を隠していた。
今はもちろん普通の女子高生という風貌だが、彼女は女子高生らしくにこりと笑った。
ああ、なんだ。
ほら、やっぱり。

「もしよかったら、なんだけど」
「はい?」
「俺にだけでも勝ち名乗りを聞かせてくれないか」
「え、いや、名乗るような名前は」
「そうかい?」
「……」

民衆が、怪人だったものを囲んで未だにカメラを構えたりしている。
そういう平和を背にして、すう、と彼女は目を伏せた後、きらきらとした両目を細めて、こちらをまっすぐに見てくれた。

「私は、なまえ」

知っていた。
俺はその名前を知っていたし、もしかしたら、この子も俺のことを知っていてくれたのかも知れなかった。

「一応、ヒーローやってます」

こんなに力があっても遠慮がちにそう言った。
けれどやっぱりきらきらしていて、彼女をこうしてヒーローとして奮い立たせるものは一体何なんだろうと思って。
初対面であるということを思い出し聞くことは出来なかった。

「あの、無免ライダーさん」
「なんだい?」
「お見かけしたらまた声をかけてもいいですか」
「もちろんだよ! 俺も君とはゆっくり話してみたいと思っていたところだ!」
「っ! あー、その、ありがとうございます」

そうして照れている顔は、なんてことない、普通の女子高生だった。


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20160229:無免ライダーと女子高生はこんなイメージ。
 
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