怖いもの/サイタマ
なまえは、ヒーローだった。
ただ、あまり強くはない。
けれど、とても強い。
そして俺は、なまえにヒーローをやめて欲しいと思ってる。
「それは無理」
それについて直接打ち明けると、なまえは間髪入れずにそう言った。
「でもお前、もういい加減死ぬだろ、そんなん。詳しい事はわかんねーけどさ」
白い天井白い壁。
白いベッドに、薄い青色の衣服、その下には包帯が巻かれている。
全身ぐるぐる巻きで、こいつはもうほとんどここに住んでいると言えるくらいに、ここにこうして、入院している。
無免の奴もよく入院しているが、あのヒーローよりも、こいつはよっぽど危うくて、本当にもう、俺は、怪人と血まみれのなまえが対峙しているだけで体中に悪寒が走る。
長らく感じなくなった死のイメージが頭を支配する。
「今回も、時間稼ぎにはなったし。死んだらまあ、死んだ時だよ」
「だからさ。死なれたら俺が困るんだって」
なまえは、腕がなくなろうが、足がなくなろうが、どれだけ血が出ようが怪人と対峙して笑っている。
大丈夫だと、守った奴らに笑いかける。
そして、どんなに怪我をしても立ち上がる。
体なんかとっくに動かないだろって怪我をしても、無駄だとわかっても敵わないと思っても、それでも意識を飛ばすことは無く、何があっても体を動かす。
さっさと、気絶してしまえば、こんな大怪我にならないのに。
「やめろよ。ヒーロー」
「無理だってば」
「頼む」
「うん、嫌だよ」
「俺が、お前の分も守ればいいんだろ」
「人間が1人ってのと、2人っていうのは、全然違うから」
「なまえ」
なまえは笑ってる。
俺にはそれが、怖くて堪らない。
「今は生きてるから」
「次は死ぬかもしれないだろ」
「それならそれで、しかたないね」
「しかたなくねえよ」
「次はきっと、もっと修行して強くならなきゃ」
「その上まだやる気かよ……」
「ダメかな」
「ダメに決まってんだろ」
「じゃあきっと、次もこうして押し問答をすることになるんだろうね」
「お前なあ」
諦めているのか、心が強すぎるのか。
もし後者なら、体の方が伴っていなさすぎる。
笑える話だが、俺は笑えない。
「私はなんて言うか、これしかない、とか、これじゃなきゃいけない、なんていう気はないんだけどね。きっと他のことも普通になんとかなるんだろうけど。OLとかにもきっとなれるんだろうけど、」
そうなってくれたら、もしそうだったらどれだけいいか。
もしかしたら、そうであった場合、俺はなまえを好きになっていないし、なまえは俺になど、興味がないのかもしれないけれど。
なまえは笑っている。
きっとそれだけで十分だったのに。
この笑顔が、大好きで、大嫌いだ。
「これがいい。それだけだよ」
その後に、「まあ痛いのが嬉しいわけじゃないんだけどね」と、それならやっぱりやめておけばいいのに。
「辞めたほうがいいかもしれない」なんてことをきっと一番考えているのはなまえなのだろう。
そんな不安が垣間見えるのに。
「俺が」
「うん?」
終わらせてやろうか。
いや。
出来もしないことを言うべきではない。
なまえもなまえで、「それもいいかもね」なんて馬鹿なことを言うだろうし、今の名前は手足がなくなろうがそれこそジェノスのようにサイボーグ化してでもヒーローを続けるだろう。
やめさせるなら。
終わらせるなら。
俺はなまえを殺さなきゃならない。
それは無理だ。絶対に、できない。
「……いや。好きだぜ、お前のこと」
なまえはじっとこちらを見上げる。
でも、そうだな、知らない怪人に殺されるくらいなら。
それならいっそ。
「ありがとう。私もサイタマのことが好きだよ」
なまえが、あまりに嬉しそうに笑ったから、これ以上は考えるのをやめた。
「ごめんね、心配かけて」
暫らくするとなまえは眠ったけれど、やっぱり何度考え直しても、なまえを手にかけることはできなくて、ずっと頭を撫でていた。
お前は頑張ってる。頑張りすぎなくらい。一体どうして、ここまでしてしまうんだろう。
つう、と水が頬を伝った。
雨漏りだろうか。
後で看護士に言ってやらないと。
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20160830:明るい話を今度こそ書く