クリームブリュレ/アトミック侍


強く、強く、強く。

「甘いものが食べたくてな」

たとえば、和菓子とかそういうものが似合うと思う。羊羹とか饅頭とか。でも。いま、生憎、和菓子はない。

「……あの、」
「おう」
「クリームブリュレでもいいですか」
「なんでもいいぜ、お前さんの作るもんはうめえからな」
「すみません、なんか……」
「は、押しかけてんのはこっちだぜ? それにしても、やっぱり何かしらあるんだな」

アトミック侍さんは笑いながら言う。
私もお茶を用意しながらへらりと笑った。
一体いつからだっただろうか。
ただ、タツマキやフブキとは昔からの友人で、知れ渡ったのはヒーロー協会にケーキを差し入れた時だろうか。
それで少しずつ広まって、はじめは家に直接来ることなんてなくて、そのへんでたまたま会って、それから家に招く、という流れだった。(この時も確か定型文があって、「あの時のケーキ本当に美味かったなあ」なんて、みんな口を揃えて言った)
それが今ではもう少しストレートに、「甘い物が食べたい」に変化して、気軽に家に遊びに来るまでになった。
この国を守るトップヒーローにばかり知り合いが増えて、はじめこそ緊張したりしたけれど、今ではすっかりそれもなくなった。
仲良くなれるのは嬉しい。
嬉しい。
が。
アトミック侍さんは異様に近い。
ソファにでも座って待っていてくれていいのに、わざわざ私のそばに来てじっと私がお茶をいれる様子を見ている。

「あの?」
「ん?」

ぱ、と振り返ると、顔が触れてしまうかと思った。
普通にしていればそんなことはないのに、彼は少しかがんでいるから、近い。

「なんだ?」
「いえ、その、近くないですか?」

ああ、と彼はいう。アトミック侍さんは何を私で遊んでいるのか、至極楽しそうである。
楽しそうなら、まあいいのだけれど。

「いや、なに。いい匂いがすると思ってな」
「そう、ですか?」
「甘い匂いだ」
「ははは、甘いものばっかり作ってますからねえ、っ」

思わず息を呑む。
顔を寄せたアトミック侍さんは、私の首筋に鼻先を近付けて、すん、と匂いを嗅いでいた。
ちかい。

「自分じゃあわからねえか?」
「わ、かりませんっ、」
「そうか。そりゃあ、残念だ。こんなに甘い匂いがするってのに」

ついに、軽く肌が触れる。
とうとう私は後ずさって、冷蔵庫の横でうずくまった。
顔が熱い。

「もーそろそろからかうのやめてくださいよ……」
「からかってるつもりはねえがなあ」
「ほんっとに、どうしていいか全然わからないので……」
「ところで、なまえよ」
「はい?」
「そんなところでうずくまってていいのか?」

へ、
と間の抜けた声が出るけれど、それと同時に、どん、と横に手を付かれる。
ん?
横には、冷蔵庫で? 反対側にはアトミック侍さん? んん? もしかしてやばい?

「こういうことになるぜ?」
「あ、あ、あの、私をからかうのが面白いのはわかりましたから、このへんにしておいていただけたりとか……」
「んん? じゃああと20秒いいか?」
「さては、なにがどうあっても、私をいじめようという腹ですね………」
「まあそう言うな」

再び顔が近付いて、とすりと、肩に額が乗る。
やたらと心臓がうるさい。
やたらと。
それにしても、どうしたんだろう。今日のアトミック侍さんは。
いつもは、こんなことはないのに。

「………」

もしかしたら、なにかあったのかもしれない。
なにかあったか、なんて素直に聞いたとしても、この人は答えてくれないだろう。
そういう人だと知っている。
ただただ強いひとだ。

「!」

するりと手を回して、アトミック侍さんの背を数度叩く。
ぽんぽんと不格好な手の動きだったのだろうけれど、アトミック侍さんは、少しだけ笑っていた。
私もどうにか笑顔を作ると、アトミック侍さんはそっと離れて、私に手を差し出した。
優しい手つきで立たせてくれて、ようやく一息というところか。

「……」
「…………」

気まずい沈黙が流れるけれど、ふわりと香るお茶の香りで思い出す。

「あ、甘いもの、でしたね」

私が言うと、アトミック侍さんは、少しの間きょとんとした後に、ふ、と笑って。困った様に頭をかいた。
困ったのは、私の方だけれど。
何かあったみたいだ。

「ああ」

優しい声でそれだけいうと、あとはいつも通りのお茶会だった。


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20160623:あの声を耳元は死ぬ
 
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