クッキー/シルバーファング


ほかの誰も持っていない。
その暖かさは、ほかのものとは全くの別物。

「甘いものが食べたいのう」

ヒーロー、シルバーファング、バングさんは、笑っていた。
そのヒーロー名に違わぬ鋭い戦いも見たことがあるけれど、この人はなんというか。

「……いいタイミングですねえ。ちょうどクッキーが焼き上がるところですよ。飲み物はどうされますか?」
「お前さんのおすすめは?」
「んー、今日は紅茶ですかねえ」
「ではそれを」

はい、と軽く返事をして用意をする。
紅茶を用意している間にクッキーも焼きあがってくるだろう。


「どうじゃ? 最近は」
「えらくざっくりした感じですね……」
「なに、お前さんの家は最近ヒーローたちが入り浸っておるじゃろう。困ったやつはおらんかな、と思っただけじゃよ」
「そういうことなら、大丈夫です。何故か皆さん良くしてくださいます」

そして何故か。
みんな第一声が「甘いものが食べたい」である。
ここに来ると、甘いものが欲しくなるのだろうか。よくわからないけれど、選んでもらえるのも、遊びに来てもらえるのも、とても嬉しい。
もしかしたら、甘いものが食べたい時に、無料で出てくるから、なんてこともありそうだけれど。
でもきっと、そうではなくて。

「それならいいが、なら、あれはどうじゃ?」
「………あれ?」
「ほれ、あれじゃよあれ」
「どれですか?」
「あー」

何だろう。
何か、家に増えたっけな。
棚の上に立てかけてあるアマイマスクのCDはやたらと存在感を放っているけれど。
それのことでもなさそうだし、バングさんならきっとそのくらい、すぐに想像がつくだろうし、わざわざ聞いたりはしない気がする。
しばし無言の時間が流れる。

「……」

その間に紅茶を用意して、それをバングさんの前に置くと同時に、オーブンから焼き上がりを告げる音が聞こえる。

「どうぞ、もしかしたら、あんまり甘くないかも知れませんが。そしたらホイップクリームとか用意しますよ」
「いやいや、そう気を遣わんでくれ。それで、じゃ、なまえ。ワシがこんなことを言うのも何ではあるが……」
「はい」

一つ咳払い。

「こうヒーロー達が押しかけてきては恋人の1人も作る時間が無いのではと思ってのう……」

そして、間。

「え、あの、え、そ、そんなこと、本当に気にしてらっしゃいますか?」

驚いて、割と失礼なことを口走ってしまう。
バングさんは気にしていない様子で、続ける。

「ああ、めちゃくちゃ気にしとるぜ」
「まじですか……、うーん……、いや、恋人ですかあ、悪くないかも知れませんけど、でもいたら、こんなふうに皆さんと話すことも少なくなっちゃうなら、いなくてもいいので、大丈夫ですよ」
「お前さんはまーたそんなことを……」

しかし本当に、バングさんが言うのもなんだが、である。
しっかり遊びに来ているのだから、それを私も拒んではいないのだから、しなくてもいいような心配だろうに。
少しだけおかしくて笑ってしまう。
たぶん、恋人を作るにしたって、こういうことを、今すぐやめろとか言われるようなら恋人なんか欲しくはない。一生独身? それも上等。

「まあよい。それなら、うちのチャランコはどうじゃ?」
「それまたざっくりとした……」
「わしでもいいぞ」
「? なんのはな、」

し。
何の話か。
いや、話の流れ的に恋人の話に決まっている。
なるほど真に切り出したかった話はこっちか!
私は自分で作ったクッキーを一口食べる。想像通りのしっとりさに嬉しくなる。
クッキーに逃げている場合ではない。
ちらりとバングさんを見ると、至極真剣な顔でこちらを見ている。
うーん、困った。

「その手の話題、あまり得意じゃなくて」
「ふむ」
「次までに考えておきますね」
「む………、なかなかうまいこと逃げるわい」
「ははは、ほんとに、このへんで勘弁していただけると……」
「しかたねえのう」

バングさんも、クッキーを一つ口に放り込む。
先程までの会話の流れを忘れるほどに美味しいクッキー、だったらいいのだけど。
そこまでではないにしても、バングさんはいつものようにふ、と笑って下さった。

「相変わらず美味いのう」
「こちらこそ、いつも遊んでくださってありがとうございます」
「実際気になっている相手はおらんのか?」
「まだ言いますか」
「仮に付き合うならばとかあるじゃろ?」
「なんですかそれ……、そんな難しいことばっかり聞かないでくださいよ……」

恋の話は。
聞くのはいいけれど、話すのは苦手だ。
あまり、うまく想像ができない。

「……」
「さっさと白状せんか」
「吐くことがないので無理ですよ」
「その言葉、偽りはないであろうな?」
「なんですかそれ……」

バングさんは溜め息をつく。
このおじいちゃん結構……。

「なんじゃ、つまらんのう」
「もー、そんなこと言ったって仕方ないですよ……」

私のそんな話を聞いたところで何が面白いのだろう。

「ならばほれ、理想の恋人とかはさすがにあるじゃろ?」
「お願いです勘弁して下さい」

それにしても恋人か。
いたら、なにか違うのだろうか。
確かになんだか、キラキラしているイメージではあるけれど。
当たり障りのないことくらいは言えたほうがいいかも知れない。
このおじいちゃんなかなか面倒くさいぞ。
言わないけど。
私は、本当に本当にこっそりと、溜め息を吐いた。


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20160617:そろそろこいつは何者なんだって感じしてきたけど……。
 
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