ヒーロー/サイタマ


どんな敵でも一撃で倒すヒーローなんて、いるところにはいるものだなあ。
私はそんなことを思って、彼のことを見ていた。
自分より体も大きい相手を一撃で倒すその頭の眩しい、よくわからない男の人とは、なんだかよく会う。
と言っても話をするでもなく。
ただ彼は私を、と言うか怪人を倒しているのだ。
しかし、出会う怪人出会う怪人全てあの人が倒している。
全部。
一撃。
なんだろう。
ヒーローっていうのはすごいんだなあ。
そういえば、ヒーロー協会というのがある、と思い出し、調べてみたが、彼はその文言のごとく「趣味で」ヒーローをやっているらしく、協会のヒーローではないらしかった。
人助けが趣味なのだろうか。
それとも、「ヒーロー」が趣味なのだろうか。
「ヒーロー」の定義が曖昧で、まあでもとにかく確かにヒーローには違いなかった。
マントとかつけていてまあなんとなく格好もヒーローっぽいと言えなくもない。
だが、ある時から、傍らにサイボーグを連れるようになって、気まぐれでたまたまもう一度、ヒーロー名簿を見てみたら、C級の下のほうに顔と名前を見つけた。
サイタマ。それが彼の名前らしい。
サイボーグの方はジェノスと言って、いきなりS級のようだ。
なんだか解せない話だったが、まあ、きっと、あの人はそんなこと気にしないだろう。
なんとなしにそんなことを思う。
ヒーロー協会のホームページを見ていると基金を寄越せというような意味合いの文章を見つけて、それが直接あの人の役に立つのなら送ってみてもいいかと思う。
しかし、こういう大きな組織だ。
必ずしもそうとは限らない。
さらによく眺めてみれば、ファンレターを送ることができるらしい。
なるほど。
ファンレター。
手紙か。
うーん。
私は町へ出て、文房具を眺めていた。
正確には、レターセットを眺めていた。
なんだか、彼のヒーロースーツに似た黄色い封筒を見つけて、それにした。
家に帰って便せんを机にのせてペンをとる。
何を書こうか。
本当に死にそうなところを助けてもらったわけではない。
話したこともない。
あ、いや、一度あるかな。
でも、それだけだ。
んー。
記念すべき一通目は、
『いつもありがとうございます。貴方もお体に気をつけて下さい』とだけ書いた。
差出人の名前はなし。
名前を覚えてもらえるなんて思っていない。
伝えたい事だけで充分だ。
それからなんとなく習慣になって、怪人を倒すサイタマさんをみかける度に手紙を出していた。
似た内容ばかりだ。
『本日もおつかれ様です』とか、『今日もありがとうございました』とか。
そんな短い言葉ばかり。
毎回同じ封筒で。
まあきっと覚えていないんだろう。多分、ヒーローであれだけ強ければファンもたくさんいるだろうから、読んでいないかもしれない。
読んでも、読まなくてもどちらでもいいような内容なので別にいい。
これは自己満足なのだ。
直接ありがとうと言う勇気もない私の。
ただの自己満足。
そのうち彼はB級に上がって、それでも私は怪人を倒す彼を見かけるたびに手紙を書いた。
ある日、レターセットを買いにいくと、いつもの文具店のいつもの場所には違うレターセットが置いてあった。
ああ。
あの黄色気に入っていたのに。
もしかして奥の方に一つくらいのこっていないかとしゃがみ込む。
うーん。
なさそうだ。
一つため息をついて立ち上がると、バッグについていたキーホルダーが切れてしまう。

「あ」

ころころと転がった先には、よく見かける髪のない頭。

「あー、あんた、もしかして、だけど」
「はい」
「手紙、くれてた? ほら、黄色い封筒で、よく」
「あ、はい。いつも、おつかれさまです」
「いや、そんなの、当然だろ、ヒーローなんだから」
「…………サイタマさん、であってますか?」
「おう」
「思った通りの人でよかった」
「そうか?」
「手紙、読んで下さってありがとうございます」
「それなんだけどさ」
「あ、迷惑でしたか?」
「いやいやいや、そんなわけないだろ。すっげ―嬉しいんだけど……」

後ろで、あのサイボーグが物陰からこちらを見ているのが見えた。
サイボーグくんは私と目が合うと、スケッチブックを取り出して何かを書き始める。
大きな綺麗な字で二文字。
『名前』
名前? もしかして私の名前か???
そんなもの知ってどうするのだろう。
ああ、ファンの名前を把握しておいてくれるということだろうか。

「なまえと言います」
「え!?」
「私の名前です」
「あ、なまえな! ところで、なまえ」
「はい」
「あ、いや、えーっと、あー、ま、またな! 怪人には気をつけろよ!」
「はい。サイタマさんも、怪我にはお気をつけて」

サイタマさんはサイボーグと一緒にどこかへ行ってしまった。
なんの用事だったのだろう。
私はと言えば、そうだ、レターセットを買いにきたんだった。
手袋の色は赤色だった。
今度はこっちの赤いものにしよう。
私は帰ると、机の上に便せんを取り出して、ペンをとる。

『今日はお話できて嬉しかったです』
『なまえ』

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20160228:長らく短編書いてないせいで書き方を忘れる大事故起こってる。
 
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